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日朝交流の現場から−千年後も隣人であり続ける

 1998年夏、日本社会は「テポドン」パニックに揺れた。朝日新聞の天声人語は次のように共和国を非難した。「ふつうの意味での人間としての判断力が見られない。国と国の間の、当たり前のつきあいのルールをはなはだしく犯している」(9月2日付)。

 朝鮮侵略の責任もとらず、国交すら結ぼうとしなかった日本外交が、果たして「当たり前のつきあいのルール」に則ったものかどうかはさておき、核ミサイルを実戦配備している中国に対しては、このような扇情的な報道がなされたり、中華学校の子らが暴行にあったりすることはない。その違いは、パニックの真因が日本人の心に巣くう偏見にあることを意味している。

 そして、その偏見は、アフガニスタンに支援物資を届けることが「善行」として賞賛され、朝鮮にコメを送ることは「非常識」として非難される、そんな不均衡な社会を作り出しているのである。

 北朝鮮人道支援ネットワーク・ジャパン(ハンクネット)は、被害者意識に凝り固まり、隣国の経済的窮状には目をつむる、そんな日本社会を憂うる日本人と在日朝鮮人、韓国人が発起人となり、99年6月に発足した。この3年半で、大阪、京都、三重、東京、愛知、島根など、全国各地で集会を行い、朝鮮への人道支援を呼びかけてきた。

 頭を悩ませたのは、「援助物資が軍に流れている」などの悪宣伝に抗して、いかに支援の輪を広げていくかという点だった。99年11月に竹本昇代表が訪朝した際、平壌市育児院で栄養失調に苦しむ子どもたちに出会い、粉ミルクを送ることを思いたった。これまで延べ500人以上の人々から500万円を超える支援金が寄せられ、8次にわたり、計3550缶、3400キロの粉ミルクを送り届けた。

 その後もメンバーは平壌市育児院を訪れて、粉ミルクが実際に命の糧となっていることを確認できた。また地方の農場や平壌市民の様子をビデオに収め、集会で報告した。ビデオを見た人たちは、テレビの朝鮮報道とは異なる隣国のふだん着の姿に触れ、等身大の人間たちが、かけがえのない日常生活を営んでいるのだという当然の事実に気付き、新鮮なショックを受けるようだ。

 日朝首脳会談後、日本政府とマスコミは「拉致問題」のみをクローズアップし、「植民地支配への反省とおわび」「在日朝鮮人地位問題の誠実な協議」を明記した平壌宣言の精神は、宙をさまよっている。万景峰号の入港拒否を叫ぶ偏狭な声も強まっている。朝鮮とはいっさい接触するな、というのだろうか。万景峰号に粉ミルクを載せられなくなれば、子どもたちの命も直ちに危機に陥ることになる。

 日本と朝鮮は千年以上前から隣人であった。千年後も日朝は隣人であり続ける。この単純で、確実な事実を忘れてはならないと思う。戦争や「兵糧責め」で問題が解決するかのような、短絡的な扇動に、未来はない。ハンクネットは逆風のなかで、さらに日本の良心と在日の同胞愛に呼びかける声を強めていきたい。(北朝鮮人道ネットワーク・ジャパン、米津篤八、埼玉在住)

 北朝鮮人道支援ネットワーク・ジャパン(代表、竹本昇)

 〒518―8799 上野郵便局 私書箱37号

 TEL 090・8860・9961

 http://www.hanknet-japan.org/

 郵便振替00930―6―154275 

 加入者名=北朝鮮人道支援ネットワーク・ジャパン

[朝鮮新報 2003.3.18]