各地の同胞が語る「私とサークル」−ペン習字サークル(広島) |
「字が上手になりたい」−そんな思いから数人のオモニたちが集まり、1992年に始まったペン習字サークル。年に1回の展示会や同胞の集まりで披露した作品が好評で、今では評判を聞きつけた1世オモニたちも熱心に通い始めるなど、新たな広がりをみせている。 包丁をペンに 第2、第4木曜日の午後は、時間とのたたかいだ。仕事を終えると急いで帰宅。サークルが始まる午後8時までの間に家事を済ませ、総聯広島・西支部の2階に駆けつける。「今日は遅れてしまったから行くのやめようかな」と思う時でも、その一瞬の迷いはいつもサークルの楽しさに負けてしまうのだ。 教室が始まる前のおしゃべりはほっとするひと時だ。家庭や仕事のこと、子どもたちの教育問題について話し合ったり、時には先輩から人生のアドバイスを受けることもある。 しかし、いったんレッスンが始まると和やかな雰囲気は一変。途端に教室内には緊張感が漂い始める。 お玉と包丁をペンに変え、姿勢を正し、白紙に向かうひと時。毎回のテーマに沿い、詩や短文など、心をこめて一字一字丁寧に書き上げていく。書いていくうちにどんどん気持ちがしずまり、ほんの一瞬だけせわしない日常を忘れることができる。 何事もそうだと思うが、ペン習字も集中力が大切だ。気持ちを集中させなければ、字のバランスがすぐに悪くなったり、間違えて同じ行をもう一度書いてしまう。私語は許されない、というよりは、私語ができないのだ。 生活の楽しみ 始める前は、ペン習字がこんなに奥の深いものだとは思いもよらなかった。日中は主人が経営する会社で事務をみている私は、仕事をしながら、また、年賀状や祝儀袋などに名前を書くたびに「字がきれいだったら…」という思いを抱き続けてきた。地域の同じ職を持つオモニたちの中にも同じ思いを持っている人が多かったため、講師を呼んで本格的に字の練習をしてみようかと、始まったサークルだった。 なかなか成果が上がらず、存続の危機に立たされたこともあった。「もうやめようか…」と思っていた矢先に出会ったのが、現在、広島朝鮮初中高で習字の講師を務める韓静資さんだった。 時には厳しく、時にはジョークも交え、楽しみながらも技術を高められる韓さんの指導に、どんどん引き込まれていった。習字の世界に魅せられたのはもちろんだが、韓講師の指導もサークルのもうひとつの大きな魅力となっている。 ふとしたきっかけから、生活の楽しみとなったペン習字。これからも字の上達に向けてがんばり、今後はコンクールへの出展など目指していきたい。(李玉実、主婦) [朝鮮新報 2003.5.1] |