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〈月間平壌レポート〉 旧正月、十五夜、平和への願い

休日を楽しむ

 2月といえば、金正日総書記の生誕日を祝う月である。毎年、さまざまな祝賀行事が行われるが、今年は違った様相を呈した。

 朝鮮では今年から民族の伝統的な祝日を大々的に祝うことになった。まずは、旧暦の正月(ウムリョクソル)と十五夜(チョンウォルテポルム)。今年は2月1日と15日が祝日に当たる。平壌市民は日曜日や総書記生誕日を挟み、それぞれ3連休を過ごした。

 民族の祭日を祝う決定は金正日総書記の指示によるものだという。祝日には、職場や地域で各種イベントが行われ市内のレストランや遊園地などが特別営業、月見を楽しむ十五夜には電車、バスなどの交通機関も特別運行を行った。

 祝日の雰囲気を盛り上げるために国や地方の行政組織が対策を施したわけだが、やはり民族の祭日は家庭での祝い事が基本になる。旧正月には年始まわりをして民族料理を味わう。十五夜には五穀飯を食べ月見をする。

 「ハラボジ、ハルモニがいる家庭では伝統的な風習通りに祭日を祝うけれど、そうではない若い人たちにとっては初めてのことでしょう。先祖伝来の美風良俗を学ぶ良い機会ですよ」

 旧正月に際して行われた学生少年たちによる「祝賀公演」。青年同盟の若い幹部も公演指導に追われる傍ら、家庭での正月準備にも気を使うと話していた。伝統的な民族料理はどんな材料が必要で、調理法はどうするのか。教材はもっぱら新聞、雑誌の記事やテレビの特集番組だという。

 「今年は初体験なので百点満点と言えないかも知れませんが、来年は大丈夫ですよ」

 家庭の祝い事だけではない。青年同盟幹部によると毎年1月1日に行われてきた学生少年たちによる「新年公演」も、来年からは旧正月に行われるようになるかもしれないという。

民族的自尊心

 平壌の祝日風景を見る限り、民族の風習に対する見直しは単なる復古主義ではない。むしろ今の生活様式を、よりいっそう豊かなものにするための取り組みとして人々に受け入れられている。

 「自らの歴史、ルーツを知る人が祖国を愛し、民族を愛することができるのです」

 旧正月、金日成広場で凧上げをする子供たちの姿を見ていた老人は「これからの時代は、自分たちが他に劣っていない、一番だという自尊心がなければ、国を守ることは出来ない」と語っていた。過去の植民地時代を思い起こしたのであろうか。おそらく現在の対米関係までも念頭に置いた発言であったに違いない。

 朝鮮は領土も広くなく、人口も多くない。国を愛し、民族を愛する人民の団結こそ、国力の基礎だという認識が人々の中に浸透している。

 核問題を巡る米国との対立で朝鮮は超強硬姿勢を貫いている。日本のマスコミは、朝鮮の行動を威嚇によって危機を演出し相手の譲歩を導きだす「瀬戸際外交」というレトリックで説明しようとするが、主観的な解釈だ。米国の主張する一方的な論理への追随、模倣に過ぎない。

 朝鮮と米国の価値観、生活様式は異なる。朝鮮の人々は外圧によって自ら選択した社会制度と生活様式を放棄することはないだろう。祝いの日、民族のチャンダンに合わせて歌い、踊り、チマチョゴリで着飾る。それが5000年の歴史の中で育まれた伝統であった。

 分断された朝鮮に共通する文化、統一への確かな礎がそこにある。核問題を口実に朝鮮の人々の志向を踏みにじり、米国の正義を強要するならば、断固、対抗する。子供たちの遊ぶ姿を見て、老人が語った「民族的自尊心」こそ、朝鮮の行動を的確に説明している。

 朝鮮が危機を演出するのではない。米国の強硬策が朝鮮の超強硬策を導き出している。

「われわれは勝つ」

 平壌市民は2月の休日を家族や職場の仲間と楽しく過ごした。決して豊かだとは言えないが、人々は生活を満喫している。「瀬戸際外交」という冒険主義とは程遠い光景だ。

 平壌市民たちは核問題と並んで、2月の祝日にも休むことのない自国のリーダーについて語っていた。旧正月に、ある軍部隊を視察した金正日総書記は「われわれは必ず勝つだろう、それは真理である」と述べたという。市民たちは、米国による戦争の可能性に警戒心を募らせながらも、リーダーの確信する勝利が「平和」であると感じ取っているようだった。

 朝鮮民族は、長い歴史の中で他国を侵害したことがなく、平和を愛した民族であることを誇りに思っている。十五夜の晩、人々は月に願い事をする。本社支局があるホテルの若い女性従業員も伝統的な風習を初めて体験した。

 願い事を聞いてみた。「本当は人に明かすといけないと教わった」と言いつつ、そっと耳打ちしてくれた。

 「私たちの祖国がいつまでも平和で、そして一日も早く統一が実現しますように」(金志永記者)

[朝鮮新報 2003.2.28]