朝鮮の食を科学する〈12〉−大豆を野菜に変えたコンナムル |
朝鮮料理の特徴のひとつに野菜を多く摂るということが上げられる。生野菜、キムチ、そしてナムルつまり「和えもの」がある。 さてこのナムルという語には意味が2つある。ごく一般には野菜類の和えた料理のことを指す。もうひとつはその和えられる前の材料で、可食性の野菜類を総称するときにも使われる。例えば「山菜採りに行こう」というときには「ナムル採りに行こう」というわけだ。 このナムルという語源は「羅物」で、「羅」とは国家を指し、国内にある自然の「物」というところから来たとされる。ちなみに、稲のことは「羅録」からナラッに、木のことは「羅木」からナムになったとされている。 各種山菜類の話は別稿にまわして今回は大豆もやしのコンナムルを取り上げたい。 朝鮮料理には大豆もやしはよく使われる。和えものだけではなく、スープの具、ピビンパプにも欠かせない重宝なナムルである。 もやしは乾燥の大豆に水を与えて発根、発芽させたものであるが、もやしになったときの食品価値は、乾燥の大豆とは大きくちがってくる。乾燥大豆は、豆類としてのすばらしい食品価値を持つのだが、もやしは野菜に「変身」して栄養成分が質的に変わってしまうのだ。つまりもやしは「野菜」そのものとなる。ここにこの大豆もやし、コンナムルの価値を見出すことができる。 厳しい冬に部屋で「栽培」 朝鮮の冬は厳しい。その季節に入手できない野菜を得る手段として、乾燥種子に水と温度を与え、発根、発芽させて、野菜に変えてしまったのである。しかも太陽も土(畑)も必要とせず家の中で「栽培」するということを考えついたのだ。ダイコンの種子を発芽させるカイワレダイコンも、それと同じ原理でつくり出された野菜のひとつである。 大豆もやしのコンナムルの知恵は、その栄養成分にみられる。 大豆が水を吸ってもやしに生成すると豆に多く含まれているタンパク質、脂質、可溶性窒素の量は減少し、食物繊維やビタミンの含有量が倍加していく。つまり栄養成分の「変身」が起きるのである。 例えば、乾燥大豆には全くなかったビタミンCが新しくできてくる。ビタミンB1の含有量は2.5倍ほど、ビタミンB2、ナイアシンは3.0倍ほどに増加する。またビタミンA、カロチンはほとんどなかったものだが、大量につくり出される。 もやしは一般の野菜類が持っている以上の価値を生み出した立派な栄養野菜になったわけである。 このためもやしは単なる野菜食品としてでなく、「薬」としても使われた。 高麗時代の高宗王(1213〜1259年)の時に書かれた「卿薬救急方」をみると、薬として利用された「大豆黄巻」の記述がみられるし、「東医宝鑑」にも薬としての「大豆黄巻」が出てくる。それには、もやしは性質が平らで味は甘く、毒性がないので、持続して用いると浮腫や筋肉痛がとれる、としている。また低血圧の人にはもやしを食べるのが治療になると言い伝えられてきている。 民族の知恵生かす工夫を 一方、民間では酒の飲みすぎ、二日酔いにスープの「解腸クッ」がよく用いられるが、そのひとつに「コンナムルクッ」がある。これが単なる生活風俗ではなく、きわめて科学的なものであることが証明された。 1980年代に大豆もやしの成分を研究していたソウル大学の医学部では、二日酔いざましに効くものを研究して取り出すことに成功した(アスパラギン酸など)。これはすぐに商品化され「韓国」では名の通ったドリンク剤として市販されている。酒を飲んだ翌朝の酔いざましスープが、実際に生活に根ざした立派な知恵であることが実証されたわけである。 いまもやしは商品となって市販されており、乾燥大豆から自家製でつくるという人はいない。しかし、このコンナムルにこめられた民族の知恵を確かめるために、乾燥大豆を使って大豆もやしづくりに挑戦してはいかがでしょうか。(鄭大聲、滋賀県立大学教授) [朝鮮新報 2003.1.10] |