「余生は福祉に捧げたい」 |
32年間務めた前最上町町長 中村仁さん おそらくギネスものではないだろうか。町長を8期32年、収入役を5期20年。その前の役場職員の時代もふくめると60年近い。愛郷ひとすじに歩んだ行政マンの道に昨年別れを告げた。 今年の年賀状には「これからの私の生き甲斐は余生を健康の続く限りNPOの一員として我が町のよりよい福祉の向上に資すべく意欲を燃やし取り組んで参る所存です」と新しい旅立ちへの決意を語った。 中村さんは在任中の90年代の半ば、朝鮮を訪問、食糧支援も行ったことがある。それは、役場に勤める前「センテツ」と聞いて入社試験を受けたら、「仙台鉄道」ではなく、朝鮮鉄道だった。敗戦前後の5年間、朝鮮の羅南、吉州、清津に住んだ。その時、腸チフスにかかったが、朝鮮人看護婦の献身的看護によって、奇跡的に命を救われた。その感謝の気持ちを昨年刊行された自伝にも書いた。 [朝鮮新報 2003.2.5] |