高麗人参余話(2)−「蔘」は生薬の中の王の意 |
高麗人蔘の語源は遠く高句麗にまで遡る。当時の中国では高句麗を高麗とも呼んでいた。高麗人蔘と朝鮮人蔘は同じ意味である。 朝鮮王朝期に入ると野性の山人蔘、山蔘の需要が多くなる一方で、山蔘の収穫は少なくなり栽培に取り組むようになったので朝鮮人蔘という名前がついた。 日本においても人蔘は不老長寿の霊薬と言われ、ときに万能薬として使われてきた。日本では人蔘の事を一般的に朝鮮人蔘と呼んでいる。或いは薬用人蔘、お種人蔘とも呼ぶ。 会津の農家ではニンジンをネンジンと呼び人蔘と区別して使っている。 本来、人蔘とは天然に自生する山蔘を意味するものであった。蔘は俗語で「シム」とも言うが、今でも山に山蔘を掘りに行く人たちを「シムマニ」と呼ぶのはその名残であろう。 「人蔘」は人と蔘あるいは参から成る。「人」の字は人の形をしていることから来る。同じウコギ科に属する中国の田七(三七)人参、日本の竹節人参は人の形に似ていない。 また、人蔘の「蔘」の字も中国、日本では参の字を当てて高麗人蔘と区別してきた。人蔘の蔘には参、葠、寖、濅などの字も使われてきたがウリナラでは昔から植物、生薬の中の王、「王草」の意味を込めて参の上に草冠をかぶせた蔘の字を当ててきた。 「李朝実録」には人蔘、謁蔘、差蔘など人蔘に関係する蔘の字は参を当てずにすべて蔘の字を当てている。 薬効に優れ人の形をしている高麗人蔘のみ人の字と蔘の字を付けられる。私も「人参」ではなく「人蔘」の字を使いたい。しかし、蔘は参から三の意味も持つ。天と地、人の「三位一体」の意味があり、「父、母、子」のように三つで一つの体である事を意味する。東洋では古代から「三」は完璧な数字を意味し、最もよい数字であるとされた為に完全でよい薬であるという意味で参の字を使ったとも考えられる。 山の茂みの中で成長したものを山蔘、野蔘と呼び、田んぼや畑で収穫したものを圃蔘、家蔘、と呼んだ。畑から採った新鮮な根を水蔘、表面の皮を剥がして乾燥したものを白蔘、水蔘を蒸して乾かしたものを紅蔘と呼ぶ。 生産地によっても開城産は松蔘、錦山産は錦蔘、江原道産は江蔘、などと呼んだ。 生薬が別の呼び名をもつのは珍しくはないが人蔘のように呼び方の多いのは希である。(洪南基、神奈川大学理学部非常勤講師) [朝鮮新報 2003.4.11] |