朝鮮の食を科学する〈15〉−味の演出に欠かせぬ塩辛 |
朝鮮料理の味の演出に塩辛は欠かせない。あのキムチのおいしさのポイントは塩辛と言っても言いすぎではない。その味をひき立たせるのがトウガラシである。塩辛(腺哀、チョッカル)は、うま味と辛味で成り立ち、微妙な舌ざわりが、それに加わり、味をきめる。 キムチの味わい深くする決め手 三方を海に囲まれた朝鮮半島の自然条件では、海からの塩辛資源に恵まれ、塩辛の種類はたくさんある。 「伝統郷土飲食調査研究報告書」(韓国文化財管理局1980年)、「韓国の塩辛」(韓国食品開発研究院、1990年)を参考にすると、魚介類85種以上、その内蔵、卵類が24種以上ある。ほかに食醢(なれずし系)が約30種以上あり、いまなお朝鮮半島の食生活で、塩辛のたぐいが大きな位置を占めていることが分かる。 この食べものは保存食品であり発酵食品で、古くから貴重な存在だった。「三国史記」によると新羅の神文王3(683)年に、婚礼用の納品目録に、米、酒、油、蜜、醤、豉、脯、醢の8品目がみられる。醤はしょうゆ、豉はみそ、脯は干し肉、醢は塩辛である。 用途はまずご飯のおかず。魚類の場合は骨ごと、甲殻類は殻ごといただく。良質のタンパク質とともにカルシウムなどのミネラル供給源の価値は見逃せない。 キムチ用に使われるのは、カタクチイワシ(瑚帖)、イシモチ(繕奄)、アミ(歯酔)、タチウオ(哀帖)などが一般的だが、地方によってちがう。塩辛の汁は古くから調味料として利用された。いまは「液体塩辛」として韓国ではスーパーで売られている。日本の秋田「しょっつる」、能登の「いしり」と同じように、スープや汁物の味つけに重宝な存在である。 キムチの味に塩辛は大切な役割を果たす。キムチは乳酸菌による発酵食品である。乳酸菌は塩辛のエキス成分を利用することで、菌が多くなり、発酵がスムーズに進行する。乳酸の酸味と塩辛エキスのうま味が調和することにより、キムチの味わいが深くなる。キムチの本場、朝鮮半島の家庭での手づくりキムチのおいしさは塩辛なしでは語れない、といってもいい。 日本でブーム起きたチャンジャ ここで辛子明太子にふれねばならない。この「博多名物」のルーツは朝鮮であることに気づいている人は多くない。戦前の釜山で生活した日本人が、その時に味わった食べものが忘れられず、それを戦後の日本で再現して商品化したのが始まりである。 朝鮮ではスケトウダラのことを明太、江太、凍太などと呼ぶ。この魚は朝鮮の北東の海で冬の間に大量にとれた。とれたスケトウダラを海辺に放置しておくと、夜の間にカチカチに凍る。これが日中に解凍して水分が蒸発する。これをくり返すと乾燥明太ができる。この乾燥ものを流通させたのが北方から来るので北魚と呼び、それを開いたものは黄色いので黄太とも呼んだ。乾燥させる前にメスの卵は取り出して塩辛の材料にした。これを卵醢、明卵ジョッと呼んだ。これが日本で辛子明太子と呼ばれるものだ。日本でもスケトウダラの卵の塩辛は「タラの子」として食べられていた。しかしトウガラシやニンニクは使われていない。そこで明卵ジョッに使われる辛い味を表現するのに「辛子」を用い、明太の卵なので「明太子」としたが、どうして「明太」なのか。日本語的に読めば明太、明太と読むのが普通。 朝鮮で明太は標準語、釜山などの南部地方の方言は明太と呼ぶ。釜山で生活していた人は「明」の発音をそのまま取り入れて「辛子明太子」という新語をつくり、朝鮮の食文化を定着させるのである。 卵を持たないオスの内臓を同じく塩辛にしたのを腸卵ジョッと呼ぶ。歯ざわりの良い塩辛で、食事が進むことから別名「ご飯泥棒」と呼ぶ地方もある。釜山などの慶尚道地方では、これを「腸子」と呼んでいる。一般語ではないし、辞典類にはない地方語だ。またスケトウダラより大きい真鱈(大口)の鰓や内臓の塩辛をも同じく腸子と呼ぶ。 いまこの腸子と呼ばれる食べものが、日本で人気があるようだ。焼肉店や韓国家庭料理店でなじんだ人たちの中から静かなブームが起きて、数年が過ぎた。 歯ざわりの良いのは真鱈の大口の内臓なのだが、この魚類の資源が急激に減少して、朝鮮の東海ではあまりとれなくなった。近年は輸入品を加工したのが一般的であるが、なかには、豚の腸を使ったインチキ腸子も出まわっている。塩辛は魚介類を保存し、うま味と辛味は食欲をすすめ、発酵で得られる栄養を付加した食べものなのだ。 生活の知恵が生んだ魚介類の保存食品、塩辛の知識を正しく持って、食生活に生かしたい。(鄭大聲、滋賀県立大学教授、朝鮮大学校特別講師) [朝鮮新報 2003.3.18] |