川面いっぱい
赤い夕日を受け
今、粛々と流れる
心の痛み載せた川 いく世紀
望郷の民のため息に似た
武蔵野ごしの風の涼を受け
今、粛々と流れる
歴世の恨(ハン)載せた川
荒川 川面いっぱいに広がる
その赤いきらめきは
八十年前の
あの血の涙ではないか
あの血のうめき
血の叫びではないか
赤々と燃えさかる
あの火の空ではないか 九月のあの日
黄泉(よみ)の国へと飛び去った
恨(ハン)の火の鳥
その在日二世の
この胸のうちにも
今、粛々と流れる
同胞の涙の川
同胞の怒りの川 同胞の火の胸に
今もなお響き渡る
その重いつぶやき
その血のすすり泣き
その血の悲鳴 川面いっぱい
赤々ときらめく
荒川のほとりに立って
九月のあの日の重い証言を
あの血の告発の声を
今、この胸のうちに聞く 1 「やっちまえ」
「朝鮮人ぶっ殺せ」 八十年前のあの日
関東平野揺るがしたあの声
東京、神奈川
埼玉、千葉…の
巷の路上に
巷の空に
不気味に飛びかった
あの狂気の罵り 今、黒い凶弾となって
私たちの会館の扉を貫く
今、白く光る刀となって
チマチョゴリの清楚を切る テレビも朝の早くから
「やっちまえ!」
「やっちまえ!」 2 「フテイ センジンノ
ホウカト アイマッテ
ゼンシ ヒノウミトカシ
シショウシャ カズシレズ」 九月二日
いち早く発せられた
時の内務大臣
水野錬太郎の電文 かつて
南大門の爆弾におののき
駅貴賓室の毛布をかぶり
ワナワナ震え腰も立たなかった
元朝鮮総督府政務総監
水野錬太郎 三・一マンセ―の叫び
米騒動の喚声
その民衆の不満と反抗
その憤りをすり替え
仮想の敵へ矛先向けんとする
水野の一枚の電文 その一枚の電文が
国をあげての謀略の火となり
ナチスのユダヤ人狩り同然
六千六百余の
朝鮮人無差別殺戮の
火の海と化し 3 小石川の板塀に貼られた
たたみ一畳ほどの
大きな貼り紙記事の前
黒山の人だかり 「皇室ご安泰」
「山本内閣の成立」
そして
「一部の朝鮮人
ならびに社会主義者の中で
不穏不逞の企てをなす者あり
……
井戸に毒を投ずる者もあり
井戸水に注意せよ
東京日日新聞社」 さながら今日のマス・メディアの
露わな悪意とさげすみ
狂乱のパッシング 4 不安と焦燥の中
火煙くすぶる中 総武線の駅頭
群がり立つ民衆を前に
一人の軍人が声を大にして
演説をぶつ 「諸君
不逞鮮人が
ありとあらゆる暴行を働くため
厳戒令が敷かれた 怪しい奴は
構うことはない
片っぱしからやっつけてしまえ」 やがて
土下座し
合掌して
救いを乞う者に
棍棒をふるい
鳶で突き
猟銃で撃ち 「アイウエオ、カキクケコ」
「十五円五十銭」言わせて
あるいは抜刀誰何し
数珠つなぎに結えて 「青竹の杖が
ばらばらに裂けるほど
殴りつけてやった」と
得々と語り 「旦那
朝鮮人は何うですい
俺ぁ、今日まで
六人やりましたよ」 「天下晴れての
人殺しだから
豪気なものでさぁね」 不安と焦燥の中
火煙くすぶる中 5 一人の妊婦が
子ども連れて
はぐれた夫を探してました 自警団が「ワァッ―」と
どんぐり目の彼女をとり囲みました それから
腹を裂き
えい児まで引きずり出し
ドテッドテッ
足で踏みつけました もう、わたし
歯がガタガタ鳴り
足がガタガタ震え
止めどもなく涙流れました 6 三日でしたか
四日でしたか
海岸で自警団員たちが
七、八人の
朝鮮人を生け捕ったんです 縄など焼けてありません
針金で舟へしばりつけて
全部に石油ぶっかけて
ボ―ッと火を点けて
夜の沖へ離しました 暗闇の中
あの赤い火
今も目に焼きついて
メラメラと
狂おしく踊ります 7 電信柱へ
針金でしばりつけて
殴る
蹴る
鳶で頭へ穴をあける
竹槍で突く
めちゃめちゃでさぁね ところが、奴(やっこ)さんら
目からボロボロ涙して
助けてください
助けてくださいと拝むばかりで
決して悲鳴をあげないのが
まったく不思議でさぁね 8 今朝もやりましたよ
その川っぷちに
ごみ箱があるでしょう
その中に
奴さん、ひと晩じゅう
隠れていたらしい 腹は減るし
蚊に喰われるし
箱の中じゃ
動きもとれねえんだから
奴さん
堪まらなくなって
今朝ノコノコと這い出て来た
それを見つけたので
皆んなで捕まえようとした… 奴さん
川へ飛びこんで
向こう岸へ泳いで
逃げようとした… 旦那
石ってやつは
なかなか当たらねえもんですぜ
皆んなで石を投げたが
一つも当たらねえ で、とうとう
舟をくり出したんですい
ところで、旦那
強え野郎じゃねえか
十分ぐらいも
水の中へ潜っていた
しばらくすると
息が詰まったと見えて
舟のじき傍に
頭をヒョコッと出したね そこを舟にいた一人が
鳶でグサリと頭を引っかけて
ズルズルと舟へ寄せたんだが
まるで
材木といった工合でさあ 舟のかたわらへ来ると
もう、めちゃくちゃでさあ
鳶口一つで
もう死んでるってのを
刀で斬る
竹槍で突く… 素直なところ
いい気はしなかったね
ブルブル体が震えて止まらなかった
ほんとう
すごかったの何のって 9 「ブヌゥ」
剣の鈍い音 「ドサッ」
声も立てずに倒れる
黒い影 電灯一つ点かない
「シィーン」と静まりかえった
留置場のまっ暗な中庭 住所も
名前もただされず
つぎつぎ引きずり出されては
裸にされ
立たされ 兵隊が銃剣をとって身がまえると
もう一人が号令かけ
上げていた手を下ろす 銃剣が力いっぱい
突き出される 「ブスゥ」 便所の窓から
星明かりで見た
この世のものとは思えない光景 五百人以上の検束者がいたが
誰一人
恐しさのため声も立てなかった
暗い亀井戸署留置場の
この世のものとは思えない光景 他人(ひと)の心に痛み
民族の心のうずきなんて
はなから解しようとしない
あれがサムライの国の
素顔だと思いたくはないが 10 びしょ濡れになって
岸に這い上がるや
一人の男が私めがけて
日本刀を振り下ろしました 刀を避けようとして
私はさっと左手を出して
刀を受けました
それでこのように
左手の指がちぎれて飛びました 私は
とっさにその男に抱きつき
日本刀を奪って思いきり
ブルンブルンと振りまわしました… 私の憶えているのはここまでです
それからは
私の想像ですが
これ、このように
たくさんの傷で分るように
私は日本刀で斬られ
竹槍でつっ突かれ
気を失ってしまったんです 鎖骨のこの傷は
日本刀で斬られたもので
左脇のこの傷は
竹槍で刺された痕(あと)です 右頬のこれは
何で傷つけられたの
はっきりしません
頭にはこのように
四か所も傷があります あとで聞いた話ですが
荒川の土手で殺された同胞は
大変な数にのぼり
死体は寺島警察署に運ばれたそうです 担架に乗せて運ばれたのではなく
魚市場で魚引っかけて
引きずって行くように
二人の男が鳶口で
ここん所、足首引っかけて
引きずって行ったんです この右足と左足
両足の内側の傷は
私が気絶したあと
警察まで引きずって行くのに
引っかけた傷です 私はこのように
ズルズル引きずられて
死んだ魚みたいに
放っぽられていたんです… そんな私が
とにかく九死に一生を得たけれど
亡国の民というのは
じつに悲惨なもんですって あれほど残酷無類の
大虐殺にあっても
国がないため
抗議一つもできませんでしたからね
祖国は生命(いのち)ですよ 川面いっぱい
赤い夕日を受け
望郷の民のため息に似た
武蔵野ごしの風の涼を受け
今、粛々と流れる
歴世の恨(ハン)載せた川
荒川 この胸のうちにも
今、粛々と流れる
重いつぶやき載せた川の
血のすすり泣き載せた川の
九月の証言を聞く
血の告発を聞くー 泥棒が
東に走れば
東に行く者
これ皆泥棒だ式の
軽薄・残虐をきわめた
九月のあの排他意識は
いったい拭い去られたのか 虎の威借る狐風の
あの「いじめ」体質
テイコク軍人の精神は
アウシュビッツ並みの
あの集団をたのむ殺戮犯罪は
いったい、歴史の前で省られたのか 無縁仏となった同胞の
失われたその名
失われたその住所
失われたその青春、その夢
人間のその尊厳は
いつ取りかえされるのか
民族のその誇りは
ふたたび傷つけられてはいまいか いや
あの駅頭軍人の雑言が
今、テレビに立つではないか
九月の火の海から生まれた
あの怪獣もどきの治安維持法が
右翼・軍歌の火を吹き吹き
「改憲」の笛太鼓、はやしの中
阿波おどりさながら
踊り出してるではないか 九月のあの火
赤々ときらめかせ流れる
荒川のほとりに立って
今、この胸のうちに思いえがく
新しい明日の
爽やかな朝の小面を 悪しざまの中傷でなく
尊信のことば映した川面
敬意の目でなく
友情の笑み映した川面
平和と良心の詩が舞う
澄んだ青い空映した川面を
今、この熱い胸に思いえがく (関東大震災80周年にさいして、金学烈) [朝鮮新報
2003.8.22]
|