top_rogo.gif (16396 bytes)

絵本「トトとタロー」を出版した米倉斉加年さん

 世界にセンセーションを巻き起こした「多毛留」から27年。一人娘のかのさんの文、父が絵を描いたすばらしい絵本が生まれた。本の帯には永六輔さんがこんな一文を寄せている。

 「祖父が描き、母が書いて、孫に読ませたいなんて……。
妖しい絵と、恐ろしい言葉が出逢って、楽しい絵本が出来るなんて……。コノヤロー!」

 問題意識の鋭さと豊かな文化と歴史性あふれる物語。細密巧緻で何とも妖しい絵…、時空を越えた夢幻な世界が広がっていく。

 「この本を作るのに8年かかった。途中で娘は結婚し、息子が産まれ、その子が4歳になった。時の流れが少しずつ物語を育てていったと思う」

 「多毛留」では、全体に真っ白を基調として、本の見返しに青色を使った。「青や白は『母なる朝鮮』の文化を象徴する色。今度は見返しにオレンジを使ったが、それは孫が好きな色なのです」。

 絵本のテーマは、「人や生物、海や地球との共生」である。

 …ちいさな魚は すこしおおきな魚にたべられて/すこし大きな魚になったげな…(「トトとタロー」)

 力で屈服させたり、征服する思想ではなく、自らが入っていって、分かちあう思想が物語の根底を流れる。「ネイティブアメリカンの友人が言っていたが、『バッファローを捕獲しても、自分たちは血の一滴も無駄にしない。必要以上には捕らない。いつも神への感謝の心を持ちつづけている』と。それが、機械文明、戦争の世紀の時代になって、人類は際限もなく動物を殺し、食べ尽くし、環境を破壊している」。地球に住むすべての命への愛しさが、この本には込められているのだ。

 しかし、本にメセッージ性がないという理由で、出版社からは出版を断られたりもした。

 「戦争中は国家の役立つ人間しか、生きる価値がないと言われた。今は売れる本しか出さないと言う。そうではない。人間はただ生きているだけで素晴らしいと思う。立派であるとか、優れているとかがいいとは思わない。普通に生きることが人間を豊かにしてくれる。そんな心の糧となる本にしたかった」

 常に普通に生きることを芝居でも、絵でも問い続けてきた米倉さん。「戦争中は死への恐怖心をなくすような教育をした。国のために死ぬことは美しく貴いものとして、死を怖がらず、戦時体制へと人々を駆り立てていった。『感動』とは美しく麗しいものを見たときに感ずる言葉だと思われていた。でもそれは違う。『感動』とは生きる感覚、生きる人間の本性である。その中には恐怖心もある。つまり、自分の命を守る、非常に大事な感覚のひとつである。その『心が動く』感性こそ、人間のもっとも大切なものだと思う」

 「なぜ、人間は戦争をするのか」―これが米倉さんの年来のテーマであるという。どのような精神をもって、米国は広島、長崎に原爆を落としたのか。どのような思想で日本は朝鮮から200万人以上といわれる強制連行を実現しえたのか。

 「拉致問題での家族の無念さ、悲しみ、怒りは共有できる。許せないことだ。しかし、それで、日本の侵略戦争の責任を帳消しにはできない。政治家が威勢のいい発言を繰り返しているが、不愉快極まりない」

 一方では自らの歴史の過ちを清算することを拒み、あるいはそうさせまいとして、他方では拉致問題を追い風にして、事を構え、戦争体制を構築する日本の動きについて、米倉さんは厳しい警鐘を鳴らす。

 「今、北に対して一粒たりとも米を送るな、という声があるが、戦争中、僕の弟は食べ物ががなくて死んでいった。人間の命こそ大切です。僕たちにとって敵はいない、人間がいるだけ。振り回されたり、騙されてはいけない」

 米倉さんは平和のために勇気ある生き方を貫き、日本敗戦の前年に絞首刑となった尾崎秀実を心から尊敬すると語る。「人間には平和で平等でありたいと希求する心がある。だから、力と数と権力に屈せず、平和を言い続けなければならない」。

 飾らないヒューマンな人柄と節を曲げず、時流になびかない一徹さ。飄々とした生き方を貫く芯の熱さに触れた気がした。(朴日粉記者)

[朝鮮新報 2003.10.20]