12月1日に玄佳宏創作舞踊公演 |
在日本朝鮮文学芸術家同盟(文芸同)中央本部舞踊部長の玄佳宏(56)さんが、約40年間の舞踊活動の総括として12月1日、東京で初の創作舞踊公演を行う。 出演に、文芸同東京、西東京、神奈川、東海、大阪、兵庫各支部舞踊部ほか、東京朝鮮中高級学校、千葉朝鮮初中級学校、福島朝鮮初中級学校の舞踊部生徒たち。 舞台には「希望の鳥」、「フェオリ(旋風)」、「リムジン河」、「4月の春の日に」、「虹の通学路」、「玉佩の舞」など群舞と独舞13作品が上がる。 1965年、金剛山歌劇団に入団し、77年まで舞踊手として活躍してきた玄さんは、79年からこんにちまで文芸同東京支部舞踊部副部長、部長を歴任してきた。 「舞踊の創作を手がけたのは74年、在日朝鮮芸術団の一員として初めて祖国を訪れたとき。でも、うまくできなくて」と苦い過去を振りかえる。在日同胞の生活を描いた作品を創ったがうまくいかず、結局、祖国の按舞家が創作し直したのだという。 「そのときは悔しかった。当時は在日の按舞家が少なかったから。ビデオがないので映画のフィルムを回したり、雑誌を見たりしながら、独学で、必死に按舞の勉強をした」 退団後も各地の文芸同舞踊部や朝鮮学校の学生舞踊を創作する手を休めなかった。80年代末からは精力的に学生舞踊の創作に打ち込んでいく。 「東京、千葉、北海道、東北、愛知、東春、九州、福岡…日本各地を回った。初、中、高と、児童舞踊から成人舞踊まで幅広い作品を創作した」 舞踊を通じて日本で生まれ育った3世、4世たちに民族の興を伝えていきたい―との熱い想いは、教育現場で成長していく生徒たちを見ながら玄さん自身が強く抱いた願いでもある。 「今の子どもたちは文字通りの現代っ子。しかし、在日同胞の民族性が失われつつあるといわれて久しいなか、舞踊を通じて彼女らに一筋の希望を見る」と玄さんはいう。それは「時代が変わり、在日同胞を取り巻く環境が厳しくなっても、増え続けている『舞踊愛好家人口』を見ると明らか」だとか。 舞踊部長として過去3年、祖国の専門家を講師に招いて朝鮮舞踊の講習会を開いた。「日本で朝鮮舞踊を全国的に発展させるうえで画期的なことだった」。 2000年と昨年には、在日朝鮮学生芸術団と共に米国、南朝鮮を訪問した。「厳しい環境のなかで朝鮮学校に通い、民族の言葉を学ぶ生徒たちの姿に多くの同胞が涙した。我々がひとつの民族であることを実感した瞬間だった」と語る。 多くの舞踊ファンらが玄佳宏創作舞踊公演の幕開けを待ちわびている。(潤) 12月1日(月)、18時開場、18時30分開演、北とぴあ(東京都北区王子1―11―1 TEL 03・5390・1100)、全席指定:S5000円、A4000円、B3000円(一部SS席有り)、問い合わせ=TEL 03・3817・0431 [朝鮮新報 2003.11.26] |