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朝鮮の食を科学する〈22〉−貴重な滋養強壮剤、松の実

 松の実(雪)は、朝鮮の食べ物としては高級で薬用的に使われる材料である。元気のないとき、食欲をなくしたとき、松の実粥を食べると元気が出るし、食欲も戻るとされ、むかしから貴重食品であった。

分布は朝鮮全域

 旧暦の正月の14日夜、生の松の実12個つまり1年12カ月分を各々針に刺し、ひとつひとつに火をつける。火の明るい月は運が良く、暗い月は良くないとする遊びが伝わってきたが、それは「雪災戚」(松の実火)と呼ばれた。実が火で燃えるのは脂質なのだが、それだけ松の実には脂質が多いのだ。

 松の実がとれるのは、マツ科に属する朝鮮松または朝鮮五葉松と呼ばれるもので、朝鮮全域と中国、シベリアに分布し、日本では関東や中部地域の高山に一部みられる。

 普通の松といわれるのは、針状の葉が2本であるが、これには5本あるので、五葉松と呼ばれる。朝鮮では原産の自生植物であったことから古くから利用され、その栄養的な価値からも重宝な存在であった。

 とくに滋養強壮剤としてよく知られ、香ばしい味わいなので皮をはいで、そのまま食べたり、松の実粥にされることが多い。また、その上品な色合いと形は料理の上にあしらわれる飾り(因誤)としてよく使われる。漢方薬でも用いられるが、柏子、松子、海松子と呼ばれている。

 食品成分としては、タンパク質が約17%くらいで多いが、なんといっても脂質が65%くらいあり、ビタミンA、B1、B2、ナイアシンなどに富んでいる。100グラム当たり約670キロカロリーほどあり、高エネルギー食品として他の種子類より断然にすぐれた特徴を持っている。

 ビタミンB群が豊富であることが特色であるが、同じ種子類の胡桃、ピーナッツより鉄分が多くあり、これは貧血を防いでくれる効果につながる。このことから、むかしは元気がなく顔色が悪い人には、松の実粥が良いとされたと考えられる。リンが多くカルシウムは少ない。つまり酸性食品であることが気になるところだが、松の実を利用するときには、海草や牛乳など、カルシウムを多く含む食品を一緒にとることに留意すれば、十分に欠点を補うことができる。

 なんといっても松の実が滋養強壮食品とされるのはその脂質である。松の実を構成する脂質の脂肪酸には、オレイン酸、リノール酸、リノレイン酸と呼ばれる不飽和脂肪酸が主たるものとなっている。

 この不飽和脂肪酸とされるものは、人の肌にうるおいを持たせ、血圧を下げるし、スタミナをつけるのに役立つ成分としてよく知られている。むかし、娘を嫁がせる母親が子の容姿を美しく、肌をきれいに見せたいため、松の実、エゴマの油などを食べさせたという。それはこの不飽和脂肪酸の効果を生活の知恵として経験的に知っていたからにほかならない。

 脂質の多いことは、食べ過ぎるとおなかをこわしやすいことにもつながるので、留意も必要であろう。

 漢方薬として用いられるときは、元気がでるだけでなく、寿命を延ばすものとされている。血を吐いたり、鼻血が出たときにも用いられたし、下痢には種子の皮をショウガと一緒に煎じて飲ませた。咳が止まらないときには、松の実と、その3倍量の胡桃をつぶして、共に水にといて用いると効果が高まるとされている。

 松の実粥だけでなく、松の実飴、さらに菓子類にまぶした各種の食べ方がいまも引き継がれている。

元の皇帝に贈る

 高麗時代、モンゴル(元)によって支配されたとき、元の皇帝に貢ぐひとつとして、モンゴルでは手に入らない松の実が送られた。全国各地ではこの松の実を集めるのだが、それにまつわる悲話、哀話がいくつも残されている。

 松の実が人間の健康に役立つものであったことからくる話ではあるが、もうその時代ではない。いま松の実はスーパーで自由に手に入れることができる。先祖の生活の知恵を今日に生かしてみたい。(鄭大聲、滋賀県立大学教授)

[朝鮮新報 2003.12.26]