〈東アジアの藻のはなし〉 藻食の民 |
藻食の民は魚食の民 私は30前後の約2年をアメリカのフィラデルフィアで暮らした。ある日、アパートで魚を焼いてたら煙が廊下に流れ、韓国人や台湾人が、あー懐かしい、良い匂いだ、と言って寄って来た。ところが、アメリカ人の管理人が血相変えて飛んできて、ひどい臭いがする、火事だ、すぐに火を消せと言う。そこで私は、火事ではない、日本ではみな魚を焼いて食べるんだと説明し、何とかその日は焼き魚を食べたが、以後は駄目だと言われた事がある。 また、日本人や韓国(朝鮮)人ほど海藻を食べる民族はいないだろう。フィラデルフィアのペンシルバニア大学の研究室には日本人の先生以下、アングロサクソン系、ドイツ系、ユダヤ系、アラブ系、それに台湾人もいたが、昼食の時、弁当に持参した海苔をあげようと言うと、東洋人を除きみなイヤな顔をする。不思議に思って聞いてみると、臭いからイヤだと言う。どうやら海藻との相性は、魚食の民には良いが、肉食の民には悪いようである。 英語では海藻の事を sea weedと言う。海産の役に立たない雑草と言う程の意味だろう。つまり、貧乏人か、飢饉の時にやむなく食べる海の藻屑と言うような、海藻に対する侮辱語である。こんな偏見を持った彼らに、海苔やワカメや昆布、それに種々の魚の美味しさや、健康への良さを説いても、理解してもらうのはなかなか難しいようだ。 語源が同じ藻 日本語と朝鮮語は文法がほぼ同じだが、昔は今よりもっと似ていたのかも知れない。日本書紀には、奈良では8〜9割が朝鮮半島からの渡来人だとある程だから当然だろう。 さて、世界的に有名な韓国の藻類学者、李仁圭先生は、北大で学位を取得後、ソウル大学で研究、教育に従事され、退官後は仁川の環境研究所におられる。01年の秋、仁川に先生をお訪ねした際、次のような興味深いお話を伺った。1万ウォン札でおなじみの朝鮮王朝第4代世宗大王がハングル文字を制定した1443年(旧暦)当時は、現代朝鮮語にはないマとモの中間を表す文字があり、ホンダワラはモル(mol)とマル(mal)の中間音で発音された。それが、ソウル周辺ではマル(mal)となり、現代朝鮮語の藻の意味となったが、それ以外の地方ではモル(mol)となったそうだ。ホンダワラは韓国の市場で売っていて、彼らはよく食べる。 私はホンダワラの呼び名を韓国のあちこちで調べてみたら、南部の金海や全羅道などではmolと言い、釜山付近から北へ少なくとも迎日湾までは、ホンダワラの気泡を母に寄り添う子に見立て、モジャバン(母子伴)、慶州ではマジャバンと言う事が分かった。 ところで日本では、万葉集に藻の付いた語としてオキツモ、ハマツモ、ヘツモ等が出て来る。ここ20数年のお付き合いになる富山大学朝鮮語学科の藤本幸夫氏によると、ハマツモとかオキツモの「ツ」は、古代朝鮮語「ス」と同語源で、助詞「〜の」を意味するから、それらは、沖の藻、浜の藻、海辺の藻、と言う意味になり、実際には、沖に浮かび、大量に浜辺に打ち上げられるホンダワラ類を指したようだ。 このように、日本のモはホンダワラ類を意味したから、韓国南部の「mol」の語尾の子音の「l」が取れて「mo」と変わったのが語源だろう。つまり、マル、モル、モは、本来同語源で、元々は食用、製塩用、神事、法事(祭事)のほか、田畑の肥料にも使われたほど重要であったホンダワラ類を意味し、後に日韓双方で藻類一般を指す語になったのだろう。北朝鮮ではどう呼ぶのか調べてみたいと思っている。 このように古来、藻は日本と韓国(朝鮮)とを結ぶ、異な(変な、特別な)ものであり、なかなか味なものだと思う。(濱田 仁、富山医科薬科大学医学部保健医学教室、農学博士) [朝鮮新報 2004.4.23] |