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詩人・石川逸子の詩と、詩集「砕かれた花たちへのレクイエム」

 この国でながれた/あなた方民族の血の上にそっと/この白い花を一つ一つ咲かせるとしたら/日本の夏は/あそこも ここも/あのダムも このトンネルも/あの議事堂も この鉱山も/ほの白く ゆれて ふるえて/ああ それでもまだまだ足りないのですね/北の広野にも 南のジャングルにも/この花を求めて眠れない魂たちが たくさんいるのだから//花は 見ている/いちりんの花に見られている

詩人・石川逸子さんと一緒に(左が著者)

 これは去る4月24日に県立公園「群馬の森」に於いて行われた朝鮮人強制連行犠牲者追悼碑除幕式で石川逸子さんが朗読された自作の詩の一部である。

 この詩(詩集「ゆれる木槿花」から抜粋。91年刊行)はもともと追悼碑に刻まれる予定であったが、諸般の事情により見送られた。残念に思ったのは私1人ではない。

 しかし、碑に刻まれなくても私たちの心に深く刻み、民族の受難の歴史と共に後世に語り継がなければならない詩―それが石川逸子さんの詩であると私は思う。 

 半世紀前/大日本帝国を牛耳る男たちは/うら若いアジアの花たちを捕らえ/まつげも凍る中国東北部へ/空爆すさまじい南の島へ/兵さえ飢えたビルマの地へ運んだ/その地で花びら一枚むしるほどの痛みもなしに/日々輪姦し梅毒を移し やがて遺棄した/病み死んでいった/爆死してしまった/抵抗し日本刀で斬られてしまった/あなたたちの名も数も私たちは知らず

 詠んでおわかりのように「従軍慰安婦」にされたコリア女性をテーマにした詩である。石川さんは「従軍慰安婦」に関する膨大な資料文献を参考に91年ノンフィクション「従軍慰安婦にされた少女たち」(岩波ジュニア新書)を出版され、その後国際公聴会、聞き取り調査などの取材を基に、詩集「砕かれた花たちへのレクイエム」(花神社)を発行された。

 その中の詩「少女3」は、普州生まれで15歳のときに慰安婦を強要されたカン・ドッキョンさんの半生を、彼女の目を通して詠んだ詩である。

 ほかの軍人たちもやってきた/五人 六人とやってきた 同じようにのしかかり 私のからだをただ痛めた/… ああ天皇陛下のためといって釜山からトヤマへ/いま どことも知れない地で 軍人たちにからだをちぎられて/ お月さま /私 いつになったら帰れますか/… 顔を上げる暇もない ただ両足をひろげたまま/あまりの痛さにただ泣くだけ 壊れかけた人形のように/… ときめく夢がありました/ときめく希望がありました/そしていま63才/子も孫もいず さみしく ひとりぼっち

 21世紀に生きる私たちにとって、これが歴史的事実であるということ、「慰安婦」問題は現在進行形であるということに衝撃と恐怖感さえも覚える。

 そしてペンを握る私の手指から血と涙が「恨」の震えと共に脂水となって滴るようである。

 「ある朝鮮少女の悼み歌」はある日突然、家族に告げることもできず銃で脅され南方戦線へ移送中の船から投身自殺した少女の心情を詠った詩である。

 倭奴(ウェノム)よ お前らに国を奪われ/言葉を盗られ 名前まで奪われ/でも このからだだけは奪われてなろうか/…魚たちよ/私を食べておくれ/私を食べて 涙の私を食べて/北へ北へ泳いで行って/故郷の浜辺まで行って/アボジの網にかかっておくれ/…鳥よ/海辺から浮かびあがった/私のたましいを啄んで/北へ北へ 飛んでいっておくれ/なつかしいわが家の裏の/竹林に止まって/ひとこえ/ オモニ! と 鳴いておくれ

 5千年の朝鮮文学史上には、女性が忠、孝、義のため一身を犠牲にする悲しい物語や詩歌は数多くあるが、この詩の様なシチュエーションがあったであろうか。

 20世紀の史実的シチュエーションをみごとに現代詩文学として表現、再構成されたのが反戦平和詩人―石川逸子氏である。

 詩人は「日本の戦後補償に関する国際公聴会」(1992年)の時に南北の元「慰安婦」たちが壇上で相擁し泣き合う場面を、「花」という題目で映像詩のようにまとめている。

 アイグ 豆満江のほとりに私も…/アイグ 南にも同じようなひとがいたなんて…/幾人もの白いチマ・チョゴリが重なり/かたまり ゆれながら/はじめていま会ったひとだとて/どんな言葉が要ろう/…アイグ みんな 日本人のせいだよ/…南と北 裂かれた国からきた あなたたちは/…白い大きな花となって/叫び ふるえ

 「文学」の定義は一言ではいい表せないが、「人間と生活体験の記録」という側面が一次的だと私は考える。

 詩集「砕かれた花たちへのレクイエム」はこのような見地からの文学的価値もさることながら、大学センター試験での強制連行削除問題、日露戦争肯定論、自由主義史観の台頭による歴史教科書問題、朝鮮植民地支配を肯定する侮辱的な麻生・石原妄言、そして何よりもふたたび動き出した朝・日国交正常化の基本である植民地支配に対する謝罪補償など、私たちを取り巻く今日的状況上に鑑みても、注目され脚光を浴びるべき作品である。

 石川逸子の数多くの詩と詩集「砕かれた花たちへのレクイエム」は日本の良心が生んだ貴重な文学的産物として、私たち在日コリアンと朝鮮民族が記録し、記憶してゆかねばならないであろう。(朴浩烈、朝鮮詩文学研究)

[朝鮮新報 2004.6.21]