「朝鮮名峰への旅」(5) 鏡のような湖面に、空と間違えたチョウが飛び込む |
7月下旬、梅雨前線によるバケツをひっくり返したような雨があがると、白頭山は本格的な夏山を迎えた。 腰をすえて夏の白頭山を撮影しようと、ペゲボンホテルから天池に移る。湖畔の丘に天幕を張り、そこをベースキャンプとする。 この丘には先住者がいた。3人と犬2頭だ。がっちりした丸太造りの山小屋をさらに厚い土壁で囲んだ、快適な空間の中に彼らはいた。挨拶に行く。なんと彼らは昨年よりここに住んでいるという。 目的は白頭山の地質、気象、植生などを研究するためで、通年ここに暮らして、調査を続けているという。厳しい条件のもと、長期間、小屋に住み込んで研究しているということに驚く。日本の学者だと、このような過酷な環境の中で、これほど長期にわたって頑張れる人は少ないのではないだろうか。思わず尊敬の眼差しで彼らを見つめた。 彼らの住居はオンドルになっているが、いつしかそこに上がっての酒盛りとなった。差し入れに持っていったトゥルチュク酒(ブルーベリーの焼酎)を飲み始める。強い酒なので私は湯で割って飲んでいたが、彼らはぐいぐいとストレートで飲む。 アルコールがまわっていい加減気持ちよくなった頃、天気の話が始まった。彼らの表現によれば、天池では日に38度、天気が変わるという。そういえばテントを張って以来、毎日目まぐるしく変わる天気に振りまわされていた。あながちその表現も大げさではないと聞いていると、彼らはとんでもないことを言いはじめた。
天池では年に数回、風がぴたりと収まり、湖面が鏡のようになることがあるという。鏡のような湖面には、空や雲がくっきりと映し出される。すると空か水か区別がつかなくなったチョウが、自分から湖面に飛び込んでいくというのだ。風が弱くなった時に、たまに対岸の岩峰が湖面に映ることはあったが、チョウが自ら水に飛びこむなど、とても信じられない話だった。酒の席での白髪三千丈の世界だと思った。 すっぽりと高気圧の中心に入った夏の一日、研究者にゴムボートに乗せてもらい、対岸に連れて行ってもらった。風が収まり、湖面にはゴムボートの軌跡だけがきれいに引かれ、あたりは静まり返っていた。 対岸に降り、岸辺を歩き始めた。すると波打ち際に羽根をバタバタさせているカラスアゲハがいるではないか。一頭、また一頭…あそこにも、ここにも。中には羽根が乾いて飛び立っていくものもいる。付近には、全部で十数頭もいたか。 研究者の話したことは本当のことだったのだ。いまさらながら白頭山の奥行きの深さを味わい、深い感動を覚えた。(山岳カメラマン、岩橋崇至) [朝鮮新報 2004.8.20] |