「朝鮮名峰への旅」(8) 惚れ惚れする自然の造形 風が止まった一瞬に凍る天池 |
11月に入ると、白頭山麓に雪が降りはじめる。雪は積もったり消えたりしながら、いつのまにやら白銀の世界に変わっていく。気温がぐんぐん下がっていく。12月には、山麓でも日中の気温がマイナスとなる。 真冬の天池は、どのように様変わりしたのだろうか。はやる胸を抑えつつ白頭山に登り、カルデラの内側へと下っていく。
天池の大部分は、まだ凍らずに波立っていた。間断なく冬の季節風が吹いてかき混ぜられるせいだろうか。湖水はなかなか凍りつかない。それでも岸辺の入江付近から、次第に水が凍っていく。できた氷は強い風で割れてぶつかり合う。ぶつかって角がとれ丸みを帯びた氷はハス葉氷となり、岸辺で押し合いへし合いしながら、ゆっくりとウェーブ状に動いている。 湖水に近付く。細かくくだかれた氷が風にもてあそばれている。耳をすます。かすかな音が聞こえる。「サラサラ」といった擬音では表現しきれない音だ。ガラス細工の風鈴のような、かそけき音だ。心地よく耳に響く。 湖畔を奥へと進んでいく。寒風が強く吹きつけ、湖水が波立っている。どこか重たげだ。打ち寄せる波は、勢いよく飛び散るわけではない。よく見ると水がシャーべット状になっている。岸辺に枯れた小潅木があった。その小枝に水しぶきがあたると、たちまち凍りつく。降り注ぐ陽の光に、凍りついた枝がきらきら輝く。自然の造形は惚れ惚れするほど見事で美しい。
この日は一日好天だった。夜になると空には満天の星が輝いていた。明け方、強かった風がおさまり、小屋を揺すっていた音がぴたりと聞こえなくなった。 深閑として迎えた朝、小屋から外に出る。世界は一変していた。昨日まで大きく広がっていた湖面が、一晩にしてすっかり氷におおわれている。 湖面というものは、徐々に凍りつくのではない、風が止まった一瞬に凍るのだ、と聞いたことがある。まさにこの時が、その時だったのだろう。夜中であったため、その瞬間を見逃してしまった。残念である。(山岳カメラマン、岩橋崇至) [朝鮮新報 2004.12.10] |