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〈ざいにち発コリアン社会〉 英ロイヤル・バレエ正団員に 北九州初中級出身の崔由姫さん

入団1年目 早くも準主役

 ローザンヌ・バレエコンクールでの最優秀賞受賞を機に英国ロイヤル・バレエ団に研修生として参加していた北九州朝鮮初中級学校(当時)出身の崔由姫さん(20)が、2003年9月から同団の正団員として活躍している。昨年3月には入団1年目にして早くも準主役級に抜擢されるなど、「期待のホープ」(ダンスマガジン、04年7月号)の出現にバレエ界の注目が集まっている。

大きな変化

「眠れる森の美女」でフロリナ王女を踊る崔由姫さん(04年3月)

 ロンドン・コヴェントガーデンに位置するロイヤル・オペラハウスで、練習を終えた崔さんに会った。一年ぶりの再会。瞳の奥がくるくると動くようないたずらっぽい笑顔は相変わらずだが、話題がバレエのこととなると一転、表情が引き締まる。「キャスト表に名前が載るし、ソリスト(準主役級)の役も習える。研修生の時と比べて大きな変化があった」。

 ロイヤル・バレエ団の団員数は現在約90人。世界各国から集まったトップレベルのダンサーたちがプリンシパルを頂点としたヒエラルキーの中でしのぎを削る。崔さんが属するのはその第1段階となるアーティストという地位だ。主にコール・ド・バレエ(群舞)を踊りながらステップアップに励む。

3世の根っこ

 チャンスが訪れたのは、入団7カ月目の04年3月。「眠れる森の美女」公演を控え、メインキャストの代役としてフロリナ王女役(準主役)の練習に励んでいた時のことだ。当初は出演予定のなかった崔さんの踊りを振付家のナタリア・マカロワが気に入り、一週間後に本番で踊るように指示したのだ。

 「『あなたを舞台で踊らせたい』と言ってもらえた。普通なら4、5年目でやっと与えられる役。すごくラッキーだったし、とてもうれしかった」

 知らせを受けた家族や恩師らも、日本やフランスから会場に駆けつけ祝福した。「舞台に出てきた時はさすがに胸が詰まった」と語るのは、崔さんのオモニ、南清玉さん(45)だ。海外で孤軍奮闘する愛娘を時に厳しく見守ってきた。「民族教育を受けた在日3世という『根っこ』をしっかり持って踊ることで、少しでも多くのコリアンを勇気づけることができるようにがんばって」とエールを送る。

自分を磨く

駆けつけたハルモニの南相朝さん(左)、オモニの南清玉さん(右)とともに

 順風満帆にみえるバレエ人生だが、実は一度入団を断られている。「あまりのショックにその場で泣き出してしまった。今までコンクールでも落ちたことがなかったから…」。

 目の前が真っ暗になった。気持ちを切り替え、必死で世界中のバレエ団を対象に就職活動をする日々。そんなある日、「急に『ポストが一つ空いたけど、どう?』と言われて。『もちろん入りたいです!』と二つ返事で答えた(笑)」。

 現在は年間100回以上の舞台に立つ。普段は本会場となるロイヤル・オペラハウス内のスタジオで、10時半〜6時半まで途中1時間の休憩をはさんで練習に励む。「複数の舞台に出演が決まっている時は、サンドイッチをかじりながら、次のスタジオへと走って移動することもある」ほどのハードさだ。今夏にはシンガポール、韓国、日本を回るアジアツアーがスタートする。

 「自己満足ではなく、お客さんに楽しんでもらえるようなステキな踊りを踊れるように、これからも自分を磨き続けたい」

 ダンサーとして、1人のコリアン女性として着実に成長を続ける崔さん。すでにプロとしての自覚は十分なようだ。(李明花=フリーライター、寄稿)

特徴さらに生かせる

 ダンスマガジン編集部・前田尚美さんのコメント:細かなテクニックの高さとドラマティックで繊細な表現力がすばらしい。それらが高く要求されるロイヤル・バレエ団において、彼女の特徴はさらに生かされるのでは。入団1年目で準主役級への抜擢は、彼女の才能と可能性を示すものだった。今後の活躍に期待したい。

チェ・ユヒ

1984年9月29日生まれの20歳。北九州朝鮮初中級学校出身。5歳からクラシック・バレエを始める。00年9月に渡仏、工藤大貳氏に師事。同年11月、パリ国際バレエコンクールジュニア部門で2位。02年1月には、ローザンヌ国際バレエコンクールで最優秀賞を受賞。同コンクールで受賞した「プロ研修賞」により02年9月から1年間英国ロイヤル・バレエ団に研修生として参加。03年9月より同団正団員(アーティスト)。
英国・ロイヤルバレエ団 1931年創立。56年、イギリス王室から「ロイヤル(王立)」の称号を与えられる。ロシアのマリインスキー劇場バレエ、フランスのパリ・オペラ座バレエなどとともに世界の最上位に位置する。演劇性が高く、国際色豊かなダンサー陣を有しているのが特徴。日本では熊川哲也が東洋人として初めて入団したことで知られる。

[朝鮮新報 2005.5.17]