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体連顧問の李昌碩氏死去

 在日本朝鮮人体育連合会顧問の李昌碩氏が10月10日午前3時40分、死去されました。68歳でした。ここに故人のご冥福を祈り、謹んで哀悼の意を表します。

 李昌碩氏は1937年3月28日に神戸で生まれ、関西学院大学在学時にはサッカー部の主将を務め、サッカー日本一を決める「天皇杯」で優勝。「関学のリー」という名で知られた選手でした。その後、神戸朝鮮高級学校の教員を経て、在日朝鮮蹴球団の創設メンバーとして活躍、現役引退後は監督、団長などを歴任し、在日サッカー界に多大なる貢献をされました。

 1962年12月には、在日朝鮮人として初めて共和国より「体育名手」の称号を受け、1974年7月には「功勲体育人」の称号も授与されました。

 告別式は13日、品川の安楽寺にて行われました。

[朝鮮新報 2005.10.14]