top_rogo.gif (16396 bytes)

北海道フォーラム 北海道猿払村で遺骨発見

 北海道猿払村(宗谷郡)で、日本の植民地時代に強制連行された朝鮮人のものと思われる遺骨が1体発見された。強制連行、強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム(北海道フォーラム)と忠北大学(南朝鮮)の朴善周教授らが10月28、29の両日にかけ、旧日本陸軍浅茅野飛行場で行った発掘調査で見つかった。

出土した犠牲者の遺骨

 1942年から1944年まで続いた同飛行場建設に動員された朝鮮人労働者は、300〜4000人とも言われ、多くの犠牲者を出した。

 北海道フォーラムでは浅茅野で朝鮮人犠牲者の遺骨が「いまだ埋められたまま」との証言を得て、今年から浅茅野遺骨問題を長年にわたり調査してきた石村弘氏(赤平高校教諭)をはじめ、聞き取り調査を行ってきた。

 8月初旬には南朝鮮の日帝強占下強制動員被害真相究明委員会と共に猿払村での現地調査を行った。その過程で、猿払村から67名の朝鮮人犠牲者「埋火葬認許証」を入手した。

 村民らの証言から犠牲者は旧共同墓地に埋葬されたが、戦後、新共同墓地に移転する際に、日本人の遺骨のみ移送され朝鮮人犠牲者の遺骨は残されたままであるとの有力な情報を得た。

 そこで、来年2006年夏の本格的発掘に向けた「試掘」として今回、発掘を行った。

 29日、メンバーが偶然足を落とした穴を重点に掘り進み午後2時20分、背骨が出土。続いて鎖骨、頭蓋骨が出てきて全身が現れた。遺骨と共に国防色(カーキ色=旧日本陸軍の軍服の色)のボタンと思われるものが出てきた。発掘後、現場で朝鮮式の祭祀を行った。

 30日午前、北海道警察稚内署による遺骨の鑑識が行われ、「事件性はなし」となり、遺骨は猿払村との協議のすえ、北海道フォーラムが一時的に預かることとなった。遺骨は現在、朱鞠内ダム工事犠牲者の遺骨と共に光顕寺に安置されている。

 北海道フォーラムは近日中に報告書を作成し、猿払村に来年の本格的発掘を共同で行うことを要請する予定である。

 また、日帝強占下強制動員被害真相究明委員会を通じて遺族探しも進める予定だ。【強制連行、強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム】

国立忠北大学遺骸発掘センター長の朴善周教授による「北海道出土遺骸現場鑑識所見」

 発掘日:2005年10月29日。

 出土地域:北海道猿払村旧日本陸軍浅茅野飛行場付近。

 1、性別:男性(骨盤と頭蓋骨の特徴参照)。

 2、年齢:40〜50代(磨耗度と頭蓋骨の継ぎ目、四肢骨の継ぎ目参照)。

 3、身長:160cm前後(現場での推論)

 4、発掘当時、埋められていた状態:屈葬(腰が折れ曲がった状態)であるため、顔は地面にうつ伏せ状態。

 5、出土当時、骨組みは良い状態だった。

 6、埋葬形態:棺を使った痕跡があった。棺材と推定される木片一部を収去して樹種を分析中。

 7、歯牙記録:上顎−左右前歯と右側の犬歯は死亡後に損失したと思われる。

 8、骨組みの特徴:大腿骨の場合、若干前後に曲がっており、上部突起の特徴から生前、激しい労働を行ったと思われる。頭蓋骨の場合、後頭部にある穴は割れた状態なので、死後できたものと思われるが、より精密な調査が必要である。胸椎に病理的重症がある部分がひとつ観察された。

 9、4穴の国防色ボタン1点と、パルサゲ(足に巻く布。当時、靴下も支給されない状況だったと思われる)と推定される布切れがあった。埋葬状態が朱鞠内出土遺骸(1990年、空知民衆史講座が朱鞠内旧共同墓地付近から雨竜ダム建設工事の犠牲者遺骨6体を発掘した)に似ている。

 ※上記の所見は、現場において鑑識した内容であるため、より正確性をきたすための精密な鑑識が求められる。

[朝鮮新報 2005.11.29]