日弁連勧告書−3− 「治安維持法」人権救済申立事件 |
2、法務省大臣官房秘書課長からの回答 (1)2004(平成16)年11月18日付法務大臣宛照会に対し、同年12月24日、法務省大臣官房秘書課長から回答が寄せられた。 (2)照会事項は、つぎのとおりである。 ア 1945(昭和20)年10月15日に発せられたポツダム勅令「治安維持法、思想犯保護観察法等廃止の件」により、治安維持法、思想犯保護観察法等が廃止されましたが、治安維持法廃止前に有罪判決(実刑又は執行猶予判決)を受けて刑が確定した者(以下「有罪判決確定者」という)に関して、以下の質問にお答え下さい。 (a)有罪の確定判決を受けた事実はどのような形で記録されていましたか。 記録の正式名称、記載されている項目事項(たとえば、本籍、氏名、年齢、根拠法令等)、記録を保管していた部署についてご教示下さい。 (b)(a)の記録は現在も保存されていますか。仮に保存されているとすれば、どこに保存されているのかご教示下さい。 (c)仮に申立人の記録が保管されているのであれば、その内容をご教示下さい。 なお、申立人の氏名、本籍等(当時)は、つぎのとおりです。 氏名 徐元洙コト 達川元一 年齢 22歳(当時) 本籍 朝鮮慶尚南道金海郡長有面大清里273番地 住居 兵庫県伊丹市 判決年月日 昭和20年2月9日神戸地方裁判所判決 (d)治安維持法廃止前、有罪判決確定者の法的地位に関して、どのような不利益(たとえば、参政権や公務就任権の制約、前科としての扱いなど)が科せられていたのかご説明下さい。 (e)治安維持法が廃止された後、有罪判決確定者に関して、全体的あるいは個別的に、恩赦、復権(前科の事実の有無や参政権や公務就任権の回復などを含む)など、その法的地位に何らかの変化を生じさせる措置が施されましたか。仮に施されたのであれば、いつ、いかなる根拠に基づき、どのような措置が施されたのか、それにより有罪判決確定者の法的地位にどのような変化が生じたのかをご説明下さい。 (f)その他、有罪判決確定者に対して、治安維持法等廃止後に施された措置があればその内容についてご説明下さい。 イ 治安維持法等の廃止後、有罪判決確定者以外の治安維持法等違反者(未決勾留者、裁判中の者、保護観察下の者、予防拘禁者)に対して、どのような措置が施されたのかご説明下さい。 ウ 治安維持法により有罪判決を受け判決が確定した者(申立人のような在日朝鮮人のみならず、日本国籍を有する者も含む)に対して、今後、日本政府として、謝罪及び何らかの救済措置を施す考えはありますか。救済措置を施す考えがなければその理由についてご説明下さい。また、救済措置を施す考えがあれば、その内容についてご説明下さい。 (3)回答内容はつぎのとおりである。 アについて (a)について 一般的には、戦前に有罪の言い渡しがなされる場合には、旧刑事訴訟法第360条により、犯罪事実、理由、法令の適用が示されるほか、裁判所に記載すべき事項は、旧刑事訴訟法第68条及び第69条に定められている。また、そのような記録は検事局(現在の検察庁)にその大部分が保存されていたと思われる。 (b)について 検事局において保存されていた記録は、検察庁に引き継がれたが、保存期間の満了によって、そのほとんどが廃棄されたと思われる。ただし、庁によっては、特別に保存している場合があるが、法務省において、その全てを把握していないことから、各検察庁に照会されたい。 (c)について 刑事局において回答済み。(なお、法務省刑事局公安課局付藤本治彦検察官から申立人の記録は保存されていないとの回答を電話にて受けている)。 (d)について 治安維持法上、同法第1章に規定する各罪により有罪が確定した者については、同章各条の規定により、死刑、無期若しくは有期の禁錮に処せられるべきものとされていた。また、同章に掲げる罪を犯して刑に処せられ又はその執行を猶予された者について、同法第39条各項所定の事由があった場合には、同法第3章の規定に従い、予防拘禁に付され得るものとされていた。 (e)について @ 昭和20年10月17日大赦令 昭和20年10月17日に大赦令が公布され、その第1条は、「昭和20年9月2日前左ニ掲グル罪ヲ犯シタル者ハ之ヲ赦免ス。」として、同条第20号に治安維持法違反の罪を規定した。これにより、昭和20年9月2日前に治安維持法違反の罪を犯し有罪の言渡し(注1)を受けた者については、その言渡しの効力が失われ、まだ有罪の言渡しを受けない者については、公訴権が消滅した。そのため、服役中の者は即時に釈放され、裁判中の者は免訴の判決を受け、捜査中の者は捜査が打ち切られた。また、治安維持法違反により有罪の言渡しを受け刑に処せられ、その執行が終了した者も含めて、大赦令に該当するすべての治安維持法違反者について、有罪の言渡しを受けたため法令の定めるところによって制限されている資格も回復した。 A 昭和21年11月3日大赦令 昭和21年11月3日にも大赦令が公布され、その第1条は、「昭和21年11月3日前に左に掲げる罪を犯した者は、これを赦免する。」として、同条第20号に治安維持法違反の罪を規定した。これにより、昭和21年11月3日前に治安維持法違反の罪を犯した者については、上記@と同様の法的措置がとられ、救済が図られた。 (f)について 昭和20年12月29日の勅令第730号により、治安維持法違反の罪を犯し同勅令施行前に刑に処せられた者については、原則として、人の資格に関する法令の適用については将来に向かってその刑の言渡しを受けなかったものとみなすこととされた。これについては、同日付けの司法省訓令第2号において、資格回復の仮証明書の交付手続等が定められている。また、同日の勅令第731号により、治安維持法違反の罪を犯したことにより選挙権を有しないこととなった者に係る選挙人名簿の調製に関し、所要の措置が講じられるものとされている。 イについて 上記ア(e)(f)と同様、有罪判決確定者以外の治安維持法違反者に対してもそれぞれ大赦令(注2)が適用されるなどした。 ウについて 治安維持法は、当時、適法に制定されたものであるから、同法違反の罪に係る勾留又は拘禁は適法であり、また、同法違反の罪に係る刑の執行も適法に構成された裁判所によって言い渡された有罪判決に基づいて適法に行われたものであって、違法があったとは認められない。したがって、治安維持法により有罪判決が確定した者に対して、今後、損害賠償等の救済措置や政府として謝罪を行うことは考えていない。 (注1)法廷における言渡しのほか、略式命令による刑の告知も含まれ、「言渡し」は、当該判決が確定していることを前提としている。 (注2)恩赦法及び2回の大赦令については、別添資料のとおり(回答書面のまま)。(つづく) [朝鮮新報 2005.3.16] |