日弁連勧告書−9− 「治安維持法」人権救済申立事件 |
6 国のとるべき救済措置 (1)治安維持法廃止後の措置として、まず、1945(昭和20)年10月7日に大赦令が公布された。同令の第1条は、「昭和20年9月2日前左ニ揚グル罪ヲ犯シタル者ハ之ヲ赦免ス。」として、同条第20号に治安維持法違反の罪を規定した。これにより、1945(昭和20)年9月2日前に治安維持法違反の罪を犯し有罪の言渡しを受けた者については、その言渡しの効力が失われ、まだ有罪の言渡しを受けない者については、公訴権が消滅した。そのため、服役中の者は即時に釈放され、裁判中の者は免訴の判決を受け、捜査中の者は捜査が打ち切られた。また、治安維持法違反により有罪の言渡しを受け刑に処せられ、その執行が終了した者も含めて、大赦令に該当するすべての治安維持法違反者について、有罪の言渡しを受けたため法令の定めるところによって制限されている資格も回復した。また、1946(昭和21)年11月3日にも大赦令が公布され、その第1条は、「昭和21年11月3日前に左に掲げる罪を犯した者は、これを赦免する。」として、同条第20号に治安維持法違反の罪を規定した。これにより、1946(昭和21)年11月3日前に治安維持法違反の罪を犯した者については、前期10月17日の大赦令と同様の法的措置がとられた。 (2)また、1945年12月19日、GHQは日本政府宛に「釈放政治犯人ニ対スル参政権ノ復活」という覚書を発し、同月29日、勅令第730号「政治犯人等ノ資格回復ニ関スル件」が公布された。これにより、治安維持法の罪を犯し同勅令施行前に刑に処せられた者については、原則として、人の資格に関する法令の適用については将来に向かってその刑の言渡を受けなかったものとみなすこととされ、選挙権や公務就任権の回復が実現した。また、同日付の司法省訓令第2号において、資格回復の仮証明書の交付手続き等が定められ、同日の勅令第731号により、治安維持法違反の罪を犯したことにより選挙権を有しないこととなった者に係る選挙権人名簿の調製に関し、所要の措置が講ぜられるものとされた。 (3)しかし、本件で侵害されたのは、思想・良心の自由・表現の自由という人格的利益に直結する極めて重要な人権であること、本件人権侵害が極めて深い肉体的、精神的苦痛を申立人に与えたことに鑑みると、大赦令による措置や、人の資格に関する法令の適用について将来にわたって刑の言渡しをなかったこととするだけでは現に申立人が蒙った肉体的、精神的被害がいまだ回復されたとはいえない。本件人権侵害に対して公式に謝罪をし、肉体的、精神的被害に関する補償を含めた慰謝の措置をとることが、侵害された人権の回復措置として必要不可欠である。 (4)これに対し、法務大臣は当会からの紹介に対して、「治安維持法は、当時、適法に制定されたものであるから、同法違反の罪に係る勾留又は拘禁は適法であり、また、同法違反の罪に係る刑の執行も適法に構成された裁判所によって言い渡された有罪判決に基づいて適法に行われたものであって、違法があったとは認められない。したがって、治安維持法により有罪判決が確定した者に対して、今後、損害賠償等の救済措置や政府としての謝罪を行うことは考えていない。」と回答をよせている。 しかし、思想良心の自由、表現の自由の人権としての固有性に照らすならば、戦前の時点で人権侵害性が認められることは明白であり、ポツダム宣言受諾時には国内法体系に照らしても違法と評価し得るに至ったところ、国の侵害行為による被害が回復されていないのであるから、国はこの被害回復を行うべきである。 7 その余の申立の趣旨について なお、申立人は、申立人に対する侵害の根源となった朝鮮植民地統治の違法性と責任を国が明確に認めることを求めているが、申立人に対する人権侵害性は既に述べたところで明らかであり、これとは別にあえて上記事項を判断する必要性は認められない。 また、申立人は、教育カリキュラムと教科書に他民族に対する抑圧と治安維持法よる弾圧に関する正確な記録を含めること、朝鮮半島及び日本国内で治安維持法により逮捕、拷問され、既に亡くなった方への追悼、敬意を表明することなども求めているが、これらの一般的事項を本件申立人の人権救済とは別異に論じることは人権救済申立事件のなしうるところではない。 従って、本件人権救済申立について、上記の各申立の趣旨は、採用しないこととした。 8 結論 以上から、申立人が、朝鮮における朝鮮人差別の実情を書いた手紙を友人宛に送り、朝鮮独立の必要性等を日本国内で発言したなどとして治安維持法違反を理由に検挙され、有罪判決(懲役2年、執行猶予3年)を受けたことは、申立人の「思想良心の自由」「表現の自由」の侵害である。そして、それにより、申立人は耐え難い肉体的、精神的苦痛を被った。 したがって、国は、申立人に対し、この人権侵害行為を謝罪し、身体を拘束され処罰されたことによる申立人の肉体的、精神的被害の回復のため補償を含めた適切な措置を講じるべきである。(おわり) [朝鮮新報 2005.4.23] |