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〈60周年を迎えた朝鮮学校の現場から〉 東京第1初中、卒業生の自慢「愛校心がチェイル」

 「愛国心がチェイル(第1)」「地域同胞の愛がチェイル」「勉強がチェイル」「サッカーがチェイル」…東京朝鮮第1初中級学校の卒業生たちはこぞって「チェイル」自慢を語る。分野はさまざまだが、東京第1卒業生としてのプライドは変わらない。中でも際立つのが「ハッキョサラン(愛校心)がチェイル」だった。

子どもたちにウリマルを

祝典で楽しく食事をする梁順奉さんの家族と友人たち

 1945年12月15日、朝連荒川支部の事務所2階に設置された「国語講習所」が同校の歴史の始まりだ。今では鉄筋コンクリート造の立派な校舎になり、近々グラウンドに人工芝が敷かれるという。

 創立60周年記念同胞大祝典が盛大に行われ(10月30日)、同校生徒らによる朝鮮の歌や踊り、民族楽器の演奏が華やかに披露される中、第2代校長の金昌鉉さん(85、学友書房顧問)は当時を感慨深げに振り返った。

 「解放の翌年の46年にこの場所で初めての学芸会を開いた。まさに今日のような雰囲気。朝鮮の歌と踊りに同胞たちの喜びは最高潮に達した」

 その様子に感激した当時の支部委員長が学校建設を呼びかけたという。

 地域の同胞たちは、「子どもたちにウリマルを」を合い言葉に学校建設にこぞって立ち上がった。

 47年には木造校舎が、59年には朝鮮学校では初となった鉄筋コンクリート造の3階建て校舎が建設された。さらに数回にわたる増改築を経て、92年に現在の新校舎に改築された。

親子3代が学ぶ

 地域同胞の血と汗が染み込んだこの校舎で、親子3代にわたって学んだ家族は、30組を超えるという。

 4期生の梁順奉さん(55、荒川支部管下)、27期生の李明和さん(32、台東支部管下)親子もそのうちの一組。明和さんの娘の李玲奈さんは現在、同校の初級部2年生だ。孫、娘の公演を、目を細めて見つめる順奉さんと明和さんは「学校をみんなで支えてきた地域の伝統を今後も守っていきたい」と語る。

 父が同和信用組合の初代理事を務めたという同校教育会の姜英宙副会長(5期生、総聯荒川支部副委員長)も、1世の思いを受け継いで、「民族性と民族の誇りを持ち、なおかつ朝鮮半島と世界の情勢を冷静に分析し、それに対処できる人材を輩出する学校」にしていきたいと語る。(李泰鎬記者)

[朝鮮新報 2005.11.12]