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12回目離散家族、親せき再会 会ってもすぐ別れが 「たびたび会える日来ることを」

 【高城発=李相英、文光善記者】第12回北南離散家族、親せきの再会事業が5〜10日、2回に分けて金剛山で行われた。

「一生の願い叶う」

12回目となった離散家族、親せきの面会(5日)

 平安北道薪島郡から来たチェ・ドゥスさん(72)は朝鮮戦争時期に生き別れたとなった5人兄姉の長姉チェ・インスさん(79)、甥のチャン・ギフンさん(60)、姪のチャン・ギスクさん(58)と55年ぶりに再会した。

 開戦直後、朝鮮人民軍に入隊したドゥスさん。一時的撤退の時期に母を亡くし、長兄と2番目の姉とともに故郷の江原道を離れ北に向かった。その後、ルーマニアに6年間留学し農業を学んだ。ドゥスさんは緋緞島にある薪島郡総合農場で技師長、教官として40年間活動してきた。この間に独自の葦栽培技術を開発するなど葦の研究で多くの功績を積んだ。

 「姉と甥、姪が、越北した家族がいたせいで長い間虐待を受けてきたとの話を聞いて涙が出た。しかし、今日こうして堂々と会える。家族全員が『6.15』の恩恵を受けていることに喜んでいる」(ドゥスさん)

 家族離散の痛みを癒すためにキリスト教信者となったインスさんは、10年前に代表団メンバーとして訪北したが、その時は兄弟たちと会えなかった。

 「当時は生死すらわからなかった。弟が生きていただけでも夢のようなのに、科学者になったと聞いて本当にうれしい。一生の願いが一つ叶った」とインスさんは喜びを隠さない。

金剛山・三日浦で楽しいひとときを過ごす(6日)

 甥のギフンさんも「政治には関心がなかったが、おじさんと会って統一のために少しでも尽力しようと思った」と話していた。

 忠清南道で遊撃闘争をしていて人民軍に従い越北した黄海北道沙里院市に住むリ・ギルヨンさん(78)は、当時ともにたたかったおじであるリ・ジョンインさんの息子たちリ・ヨン、リ・ホヨン、リ・ミニョンさんをはじめとする南の親せきと再会した。

 「自宅を出る際に酒を一杯注いだあと、手を振って見送ってくださった母の姿が今でも思い浮かぶ。父が米軍に虐殺されたのをあとで知ったが、両親の霊前にあいさつ一つできていない現実こそ分断の悲劇だ」とギルヨンさんは語った。

 リ・ヨンさんは「50年間待ったあげく、会ってすぐに別れなければならないなんて。喜びと悲しみが同時に来たようだ」としながら、「肉親との再会を待つ離散家族はいまだに多い。互いにたびたび会って消息を伝え合う日が早く来ることを願う」と目頭を押さえながら話していた。

迅速な問題解決が

 2000年の6.15共同宣言発表後、離散家族、親せき問題をはじめとする人道主義的問題は着実に進展してきた。

 5年間に行われた12回の再会事業を通じて、約1万2000人の離散家族が再会を果たした。今年の8月15日には北南間に開通した光ファイバーケーブルを利用して北南それぞれ20家族を対象にしたモデル画像再会が実現した。11月24〜25日、12月8〜9日にもそれぞれ40家族ずつ100余人が画像を通じて面会する予定だ。

 8月31日には金剛山で離散家族、親せきの面会所着工式が行われた。

 半世紀ぶりに再会を果たしても、日程を終えれば再び離れ離れになる。問題の迅速な解決が切実に要求されている。

[朝鮮新報 2005.11.14]