〈みんなの健康Q&A〉 院内感染−MRSA |
Q:以前、院内感染により入院中の患者が複数同時に死亡したという新聞記事を見たことがあります。 A:病院などの医療施設内において、患者がもともとの疾患とは別に新たに罹患した感染症、あるいは健康な医療従事者や訪問者がかかった感染症を「院内感染」とよびます。抵抗力が低下した病人が多い病院内では、一般社会ではあまり問題とならない弱毒菌や抗生物質が効きにくい細菌類による院内感染が発生しやすくなります。 Q:院内感染をおこす病原微生物の中で、MRSAという変わった名前の細菌がとくに恐ろしいそうですね。 A:細菌の中で最も古くから知られているものに黄色ブドウ球菌がありますが、これらブドウ球菌のなかまはヒトの鼻腔・口腔や皮膚の常在菌、すなわちふだんそこに住んでいるのです。この中でも、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌は略してMRSAと呼ばれ、院内感染原因菌としてもっとも有名です。 今から60年余り前の1941年、ペニシリンが臨床的に実用化され、黄色ブドウ球菌、連鎖球菌、肺炎球菌などに驚異的な効果を示し、抗生物質時代の華々しい幕が開かれました。しかし、1944年には早くもペニシリン耐性、つまりペニシリンが効かない黄色ブドウ球菌が出現し、1950〜60年代にかけて院内感染菌として猛威をふるうようになりました。この菌はペニシリンを分解し活性をなくす酵素であるペニシリナーゼを産生するため、さしもペニシリンも効果がないのです。そこで、1960年にこのペニシリナーゼによって分解されない抗ペニシリナーゼペニシリンとしてメチシリンという薬剤が開発されました。ところが敵もさるもの、はやくも1961年にはメチシリンに耐性を示す黄色ブドウ球菌がイギリスで報告されました。そして、これが今日MRSAと呼ばれるものの元祖となりました。その後、メチシリンのみならず、他の抗生物質の乱用によってこの細菌はきたえられ、ついにはあらゆる種類の薬剤に同時に耐性を示すようになりました。現在MRSAに対してはバンコマイシンという特効薬が開発されましたが、これに対してもいずれ耐性を獲得する可能性があります。 Q:MRSAはどうやって身体の中に入り込むのですか。 A:感染経路はいわゆる接触感染によります。患者を直接に処置、介護した後、手から前腕あるいは白衣を介して伝播したり、汚染された物品、例えば医療器具やリネンなどを介して感染します。MRSAは体のあらゆる所が保菌部位であり、胃酸の中でも死なないし、地面に落ちて乾燥した場所にあっても長期間生き延びています。 Q:感染予防はどのようになされているのですか。 A:接触予防策の要点は、患者を処置、介護するときに、マスクや、布製でない手袋とプラスチックエプロンを着用することです。患者に触れる聴診器、血圧計、体温計はできるだけ専用化します。 一方、薬液の管理がずさんで不衛生であったり、一回使用製品を再使用したり、滅菌すべき機材の消毒が不徹底であれば感染の元となります。 Q:細菌が薬に対して抵抗性を持つようになるのはなぜですか。 A:大変重要な問題です。このような薬剤耐性菌の増加要因の1番目は抗生物質の使用による感受性菌の淘汰と耐性菌の選択的増加です。2番目として、細菌の進化のための機構である遺伝子伝達機構の関与があります。人間が抗生物質を開発し病気の治療に使うという状況に並行して、ブドウ球菌もそれに対抗して進化を遂げながら平衡をとっているのです。簡単に言えば、抗生物質をむやみに使えば使うほど、それに抵抗性を持つ、すなわち耐性の細菌が生まれやすくなるのです。ある統計によれば、最近はMRSAが市中から病院内に持ち込まれる可能性が高くなってきています。外来診療でも明らかに非細菌性の感冒その他の疾患であるにもかかわらず抗生物質を使用してしまうことがあります。また、患者側から要求されることもあります。こういうことのくり返しがMRSAなどの耐性菌を発生させる温床を準備することになるのです。 Q:驚いたことに、感染症を治す抗生物質の過剰な使用が、MRSAを作り出している大きな原因となっているのですね。基本的な治療法について教えてください。 A:MRSAにはバンコマイシンをはじめとしていくつかの抗生物質が今のところ有効です。また、患者は個室隔離が原則で、だめなら一つの部屋に集める、感染症をおこしやすい患者との同室をさけるなどの対策をとらねばなりません。なお、MRSAによる感染症状がなく、単に保有しているだけという例が一般健常者も含めて少なくありません。このような場合、それだけでリハビリや外出ができないということはありません。また、免疫不全や術後患者への感染には注意が必要ですが、一般的に他施設への転院、転入には何ら問題はないとされています。病院内のMRSAの蔓延には、患者の差別化は原則として関係はなく、抗菌薬や侵襲的医療といった要因の方が大きいと考えるべきです。(金秀樹院長、あさひ病院内科、東京都足立区平野1−2−3、TEL 03・5242・5800) [朝鮮新報 2005.3.25] |