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〈本の紹介〉 「沈黙で建てた家−朝鮮戦争と冷戦の記憶」

 冷戦崩壊以降90年代から現在に至るこの期間に、朝鮮半島、台湾、フィリピンなどアジア各地では、従来の冷戦イデオロギーと開発独裁の抑圧を打ち破る「民主化」が進んだ。とりわけ朝鮮半島における00年6.15南北首脳会談は、冷戦イデオロギーを打ち砕き、和解と統一を志向する指導者の構想力と決断に立脚した政治的イニシアチブによってもたらされた。

 そのため6.15後に、南では、学術書であれ、文学作品であれ、冷戦下で起きた済州島4.3事件はじめ朝鮮戦争を前後して米軍とその指揮下にあった韓国軍によってなされた無差別虐殺などの実相が、次々と明らかにされて、歴史の再定義も進んだ。

 これらの血ぬられた現代史を永遠の「タブー」として隠蔽、抹殺してきた国家犯罪に、ついに真相究明の光が当てられ、現代史を正しくとらえ、再定立しようとする大きな動きが始まっている。

 本書もそうした大きな流れの中で生まれた作品の一つであろう。手法としては作家・黄ル映の卓越した文学作品「客人」のように、作家が設定したそのタイムマシーンに乗って登場人物が過去への記憶の旅に出かけていく物語。つまり、朝鮮半島におけるこの半世紀を辿る旅は、それ自体がタブーに分け入る旅であり、沈黙の底、暗い闇に放置されてきた物語を掘り起こす旅となる。

 本書の主人公は女性である。ある意味でその設定が、あらゆる意味において、斬新であり、現代的であり、挑戦的でもある。長い間家父長制の呪縛の下、女性たちは2重3重の差別を受け、呻吟していた。この物語の主人公もそんな一人。彼女の記憶は朝鮮戦争勃発の日から始まる。そのとき5歳で、いま55歳になった女性の記憶。5歳のとき父がいなくなった娘は、26歳で独り身になった母と、55歳と76歳になった今、二人で忘れられた記憶を互いに確認し合っている。彼女の封印された記憶の中に入っていくことは、誰も思い出したがらない歴史の迷路へ入り込むようなものである。そこに踏み込み、家族を核に同心円的に広がる人々の話をオムニバス形式でつづった短編を集め、それらを通して朝鮮戦争・冷戦下の韓国社会の姿を立体的に映し出している。

 とくに朝鮮戦争が人々や家族の心に刻みつけた深い傷跡、戦争に続く冷戦下において反共イデオロギーが家族関係、友人関係、男女関係にいたるあらゆる人間関係に強い影を落とし、縛りつけたかを説得力をもって描く。

 かつて、南の連座制は途方もない抑圧装置だった。「越北、拉致、行方不明」の家族は父だけでなく、叔父・伯父やいとこたち、さらに6親等の親せきまで身元調査され、引っかかると甚大な被害を受けた。外国への留学もできなかったし、男性なら陸軍士官学校、司法試験、行政試験も受けることができなかった。そのために父不在の家では、死亡届けを出し、書類上、病死とする家が多かったという。

 厳しい冷戦下で生きなければならなかった人々の苦悩。民族史に刻まれた深い傷跡は当然ながら、それぞれの家族の歴史にも重い荷を背負わせてきたのだ。 

 本書は封印された記憶と沈黙を小説の形式にまとめ、戦争で生き残った女性の沈黙の内実に目を向けることに成功した。軍事主義と反共イデオロギー、そして家父長制と結合した冷戦の記憶から抜け出し、これらを覆すべき新たな記憶の創出を小説の手法で成し遂げたものと言えよう。

 自らの手で社会に潜むあらゆる「冷戦の歪んだ記憶」を炙りだそうとする女性作家の静かな気迫に打たれる。(平凡社、゙恩著)(朴日粉記者)

[朝鮮新報 2005.4.18]