〈本の紹介〉 「マスクロード-幻の伎楽再現の旅」 |
2004年6月10日、狂言師・総合芸術家の野村万之丞さんが44歳の若さで急逝してから、もうすぐ1年になる。 彼は、古典芸能とはまったく無縁の私に、狂言と大陸文化との深い縁、言語の秘められたパワー、仮面の不思議さを、新鮮な刺激をもって教えてくれ、宏大なユーラシアに連なる平和、共栄のマスクロード(仮面の道)の再現という夢を与えてくれた。 野村万之丞は、加賀前田藩のお抱え狂言、300年の歴史をもつ和泉流野村萬蔵家の8代目当主であり、父も、祖父も「人間国宝」である。そのような家門の出である彼が、何故に嵐のような「北朝鮮バッシング」の中で「国賊狂言師」とまで痛罵されながらも、2003年と2004年の春に2度も訪朝して平壌の「4月の春祭典」に参加したのだろうか。その答えは本書にある。 「生まれる前から仮面をつけていた」万之丞(本名、耕介)は、3歳のときから祖父たちの薫陶を受ける。彼は10代の後半、仮面とは顔とは何か、狂言とは演劇とは何かを求めてヨーロッパに行った。そして中世イタリアの仮面劇、即興劇から衝撃を受け、「世界中、仮面だらけなのだ。仮面は素晴らしい装置なのだ」「仮面にこだわって生きてみよう」と決心する。いつしか彼は、世界の2000以上の仮面を収集し、その内なる声に耳を傾けた。 「神と人間を繋ぐのが仮面」「仮面は過去と未来をつなぐインターフェース」「仮面ほど正直なものはない」。ブータンの「マハーカーラ」という神の面の前で、道化師、シャーマン、哲学者、クリエイターと、次々に顔を変え、私に熱く語りかける「稀代の狂言師」。 彼いわく、「本書『マスクロード 幻の伎楽再現の旅』は、私なりの伎楽、『真伎楽』の発端についての現時点での中間報告書であり、伎楽復元を果たすまでの40年間にわたる格闘の記録」である。 聖徳太子の時代に百済から伝来した古代仮面劇伎楽は、天平の大仏開眼法要を華やかに彩ったが、やがて廃れていく。しかし、その伝統は雅楽、田楽、猿楽、能・狂言などに受け継がれていく。 万之丞は、東大寺や法隆寺、正倉院などに残された仮面を手懸かりに、朝鮮半島、中国、中央アジアとフィールドワークを拡げ、ついに「幻の伎楽」再現に成功する。 マスクロードは、1500年前の仮面芸能をデジタルアーツにして、日本から発して世界に里帰りする21世紀のシルクロードなのである。(2002年1月NHK放映「よみがえる古代芸能・伎楽」) 彼は、日本も昔は「ユナイテッド・ステイツ・オブ・アジア(USA)」の一員だった、20世紀は西洋文化主導の二極分離の時代だったが、21世紀は文化共有の仮面の時代、アジアの時代を創ろうと提唱する。これこそ「大きく、ゆっくり、遠くを見る」、野村万之丞の世界の真骨頂かも知れない。 没後、彼には「八世野村萬蔵」の名跡が追贈されている。 本書と併せて、年譜、想い出のアルバム等も収録した野村万之丞作品写真集「萬歳楽」も見ていただきたい。(野村万之丞著)(金明守 朝鮮総聯中央本部参事) [朝鮮新報 2005.5.30] |