〈本の紹介〉 ヨーロッパ思索紀行 |
日頃の憂さを忘れ、ワイングラスを片手に、大画面テレビでデジタルハイビジョン放送のヨーロッパ紀行、世界遺産紀行を楽しみ、歴史に学んで日々の暮らしを豊かにしたいという、ささやかな夢をもつ「仲間たち」に気楽に勧めたいのが本書である。 著者は、東京大学名誉教授、静岡文化芸術大学学長で中世西洋史の碩学であり、卓抜な社会・文明論は広く知られている。彼はまた、「愛・地球博」総合プロデューサー、小泉内閣の「観光立国懇談会」座長、日本棚田学会会長というユニークな肩書きをもっている。 本書は、ヨーロッパ文明紀行や世界遺産をテーマにしたテレビ番組制作のため、足かけ10年間の「旅を通し、歴史への問いかけを通して考え、悩み、自問自答してきたこと」をまとめたものである。その結論は、「独りわが道を行く生き方(ゴーイング・マイウェイ)」は過去のものとなり、つまりアメリカの世紀は終わりつつあり、これからはユーラシアの時代になるというものである。 しかし本書は、決して肩の凝る「文明論」ではなく、エスプリの利いた読みやすい文体でフランス、スペイン、イタリアのシチリア、オーストリアのウィーン、ドイツのハンブルグなどの歴史と文化、街並みと自然、「人が集い楽しむ魅力」を紹介する「大人のガイドブック」である。ちなみに著者は、日本エッセイスト・クラブ賞の受賞者でもある。 本書は3部から成る。第一部「旅をしつつ今世紀文明の課題を考えた」は、著者の歴史の見方、「歴史は過去への旅」であり、21世紀は「ユーラシアの時代」、人と自然と歴史と共生しながらコミュニケーション感覚を駆使し美しく生きる時代であることがつづられている。 欧米諸国のうち、「農耕民族」の中に入れがたいのが「土離れの人びと」、資本主義的工業先進国のイギリス、アメリカであり、とりわけアメリカは開拓時代から今日まで「聖書(キリスト教信仰)と斧(技術)と新聞(情報)の国」であること、EU拡大の下地にはカトリック、プロテスタンティズム、ギリシャ正教のキリスト教社会があるという指摘は、現代アメリカとEUを見るうえで大変興味深い。 先日、英ポーツマス沖でトラファルガー海戦200年の国際観艦式があり、日本を含む世界35カ国から約160隻の軍艦が参加したが、この「SEA BRITAIN 2005」を海戦の「敗戦国」、フランス、スペインは苦々しく思っているにちがいない。 第二部「ヨーロッパを歩く」、第三部「文化の十字路スペイン」は読んでからのお楽しみだが、あえて印象深い下りを挙げろと言われれば、「世界遺産最多の国スペインの秘密」「コンヴィヴィアリテ(仲良し)がモットーのイスラム」というところだろう。 「食事のときに大切なのは、何を食べるのかではなく、誰と食べるかである」(『セネカ道徳書簡集』第19)。他文化、他民族への非寛容が社会と経済の衰退を生むとの指摘が冴える。 最後に、「旅する思索家」である著者が、「ミイラ取りがミイラになってしまったのでは仕方がない、自分は心してミイラの外にあれ」(著書「歴史の風景」2003年1月、山川出版社)ということを、外国研究、歴史研究の戒めとしていることを付け加えておきたい。(木村尚三朗著)(金明守、朝鮮総聯中央本部参事) [朝鮮新報 2005.7.11] |