「朝鮮名峰への旅」(14) 7月は、高山植物の咲き競う「花の王国」 |
7月、初夏の白頭山は、まことに凌ぎやすい。日差しは強いが大気が乾燥しており、日陰に入るとさわやかな風が吹き抜ける。大陸ならではの天候を満喫できる。 いい気候に誘われて、天池湖畔でキャンプをすることにした。カルデラ壁から天池に行くには、1000段あまりの木製の階段を下る。下り始めの傾斜はきつい。60度くらいあるのか、垂直に下っていく感じがする。ひたすら足元を見ながら下る。キャンプ用品やカメラ機材がずっしりと重く、何度かバランスを崩しかけて、ひやっとする。ようやく傾斜が緩やかになる。天池湖畔の小高い丘に絶好のキャンプサイトを見つけ、テントを張る。
丘は草原となっており、10メートル先が天池である。テントを出て、草原に寝転ぶ。天池が目の前に広がる。ちゃぷちゃぷと岸辺にぶつかる小波の単調な音を聞いていると、自然にまぶたが下がり、うとうととする。湖を渡る風はさわやかだ。こんなに気持ちよく昼寝のできる場所は、ざらにあるものではない。 夜になると、周りをカルデラ壁で囲まれた湖畔は、真っ暗闇。本当の暗さとなる。都会の明るさに慣れた目には、暗闇は畏敬の念さえ起こさせる。月のない夜はなおさらで、宇宙に自分の体が溶け込み、一体化するような不思議な感覚を覚える。天の川が南北に連なり、大熊小熊など、神話を含んだ星が降るように輝いている。 天池湖畔を歩く。春にはキバナシャクナゲばかりが目立って、それほど豊かさを感じなかったが、いま丘陵には、ヒナゲシ、イブキトラノオ、ツガザクラなど、ところ狭しと咲いている。
湖畔の北側に一カ所、広々と開けたところがある。緑あふれるほかの場所と異なり、砂交じりの一見荒涼とした感じがするところだ。しかしよく見ると、薄黄の花が揺れている。近づくとヒナゲシの花が一面、湖畔まで咲いている。ほかの植物が入り込めない荒地に根を張って、黄色の美しい花を咲かせているのだ。そのとき、カルデラ壁の上から太陽が顔を出した。光がヒナゲシに当たり始めると、花のあちこちから、ウスバシロチョウがひらひらと舞いはじめた。日本においては貴重な高山蝶が、ここ天池湖畔では無数に飛び回っている。 湖畔よりカルデラ壁へと向かう。ナキウサギの甲高い泣き声がときたま反響するだけの、穏やかな日であった。草原が丘陵になる場所は、イブキトラノオ、タカネシオガマ、ヒナゲシなどの見事なお花畑になっていた。斜面を登ると、そこは将軍峰直下、ミヤマオダマキの紫の花がところ狭しと咲いていた。 7月の白頭山は、高山植物の咲き競うまさに「花の王国」であった。(山岳カメラマン、岩橋崇至) [朝鮮新報 2005.7.22] |