「朝鮮名峰への旅」(15) 凄まじい水の力 溶岩台地削った天軍岩 |
8月半ばとなると、優勢を誇っていた太平洋高気圧が弱まり、大陸の高気圧が朝鮮半島を覆い始める。朝夕、急激に涼しくなる。空は澄み渡り、どこまでも続く青空はいちだんと高く感じる。 天池は周りをカルデラ壁に囲まれている。夜の湖畔に立つと、真の暗闇が訪れる。空気が澄み渡るこの時期、夜空を振り仰ぐとそこはまさに天然のプラネタリウム。真上には南北に天の川が流れ、降るような満天の星空は、星座を見分けるのに苦労するほどだ。 朝、ペゲボンホテルから鴨緑江に沿って白頭山へと向かう。白頭山からは、三本の大河が流れ出す。一本は中国内を流れる松花江である。二本は中国との国境をなす、鴨緑江と豆満江である。この二本の川は白頭山の中腹から湧き出した水が源流となっている。
ホテルを出ると道は、アオモリトドマツを主とした針葉樹の大森林地帯となる。うっそうとした森林に風の音までも吸収されてしまうのか、森は静かである。生き残っているセミの声が眠たげに聞こえる。 やがて道は鴨緑江にぶつかり上流部へと向かう。渓谷が見え隠れする。天軍岩の駐車場で車を下り、鴨緑江展望台に立つ。深いV字谷の下方に細い流れが見える。今は細い流れでしかないが、それでも溶岩台地を削る荒々しい姿に凄まじい水の力を感じる。対岸を見ると、硬い岩を残した石柱がずらっと並び、これから訪れる白頭山の門番のように並んでいる。 天軍岩からの道は渓谷に沿って続く。樹林はダケカンバが主体に変わり、渓谷の流れはさらに細くなる。溶岩流が幾層にも重なっているためか、固い岩盤のところどころに滝が見られる。二つに分かれた兄弟滝や三段滝など、岩をうがった姿を見せる。 さらに遡ると森林限界を抜けて山肌は低木や草原となり、広々と開けた丘陵帯となる。溶岩流でできた台地は、緩やかな起伏を見せながら白頭山頂稜部まで続いている。この付近は、9月初旬には氷が張り霜柱が立つ寒い場所で、北極圏のツンドラを思わせる。また草原にはツツジやクロマメの木などの低木や高山植物も咲き、ヨーロッパアルプスのアルプを思わせる。 この台地の2540メートル付近が鴨緑江の源頭である。白頭山の天池から染み出した水が溶岩台地を抜け出してくる。ここの最初の一滴が、雄大な鴨緑江の源となる。鴨緑江は、全長802キロ、流域面積6473.9km2の大河となり、朝鮮と中国の国境をなして、朝鮮西海へと注ぎ込む。 草原はすでに色づき始めている。草原が緑で覆われているときには朝夕の色の変化はあまり感じなかったが、草紅葉が始まると、澄み渡った空気のなか、朝焼け夕焼けの色は鮮やかとなり、いっそう深い色合いを見せてくる。8月半ばというのに、短い夏はもう過ぎ去ろうとしている。(山岳カメラマン、岩橋崇至) [朝鮮新報 2005.8.26] |