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くらしの周辺−トンボとボンネット

 研究都市、つくば。人口約19万人。1万3千人が研究に従事する。

 梅雨明け直後の土曜の昼下がり。私は実験を早々切り上げ、他の研究所で行われるセミナーに参加するため、車に乗り込んだ。午後の日差しが照りつけ、ボンネットはもはやフライパン。熱いハンドルを握り、目的地へと急いだ。途中コンビニに寄り、車内で食べていると…。ボンネットの上に一匹のトンボ。意味ありげにホバリングをしている。

 突然、トンボはボンネット目掛けて急降下。そして、お尻を強く叩きつけ、上昇し、元の位置でホバリング。このトンボ、産卵行動を取っているらしい。熱さにとうとういかれちゃったのか? それとも、もう水辺まで我慢しきれなくて、勢いで? この行動になんだか興味をそそられる。そもそも彼女はなぜボンネットを水面と間違えたのだろう?

 インターネットで調べてみると、ボンネット上に産卵するトンボの目撃談が数十件ヒットする。どうやら、トンボは「本気」で水面と勘違いしている。生命の歴史の中で獲得したトンボの水面認識の仕組み。 その仕組みは単純か、複雑か、どちらにしろ、生き続けるという目的のため、極上に磨き上げられたものに違いない。ただ、ボンネットの上で卵は孵らない。

 人類によって急変する環境にはついていけない。ヒトもまたトンボと同じ。トンボは何度もボンネットを叩き付け、満足したのか、また、淀んだ空気を掻き分け飛んでいった。けなげな彼女の行動に、いろんな想像をふくらませ楽しんだ。その後のセミナーの内容はほとんど覚えていない。(成耆鉉、生物学研究者)

[朝鮮新報 2005.9.4]