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〈本の紹介〉 蕨の家

 炭鉱労働者の自立と解放を願い、筑豊文庫を設立し、炭鉱の記録者として廃坑集落に自らを埋めた作家・上野英信と妻・晴子の日々を一人息子の目で温かく描く。

 英信、晴子、朱の親子3人が筑豊炭田の一隅、福岡県鞍手に移り住んだのは、世の中が東京オリンピックに浮かれ、明るい豊かな未来を夢見ていた64年のこと。

 崩れた共同便所のあとに建てられた台所と風呂と座敷二間の小さな家を出発点として、そばのこれも崩れかけた鉱夫長屋を補修。図書室、剣道場兼集会所、事務室、居間を備えた「筑豊文庫」として正式に発足した。

 その門出に英信は近隣の人々や支援の仲間を招き、次のような宣言文を掲げた。

 「筑豊が暗黒と汚辱の廃墟として滅びることを拒み、未来の真に人間的なるものの光明と英智の火種であることを欲する人びとによって創立されたこの筑豊文庫を足場として、我々は炭鉱労働者の自立と解放のためにすべてをささげて闘うことをここに宣言する」

 この地で、日本の近代の残滓と闘おうとする出陣の前の武将のような高揚感が伝わってくる一文ではないか。

 その宣言どおり英信はすべてを捧げつくして、この地に強制連行されたすえ、居を構えた在日朝鮮人労働者や隣人たちの相談相手として奔走した。さらにこの地に根を下ろし、炭鉱町の底辺から日本近代の侵略政策を見つめようとした多くの物書きたちとの交流を深めた。

 発足から32年後の96年4月、筑豊文庫の建物は姿を消した。

 本書はそうした激動の時代を両親と筑豊で過ごした一人息子の貴重な証言である。

 人間味あふれる家庭人でもあった父とお金や名誉とは無縁の夫を生涯支え続けた芯の強い母・晴子の生き生きした暮らしぶりが情感を込めて描かれていて、余韻の残る一冊だ。(上野朱著)(粉)

[朝鮮新報 2005.9.25]