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書道「書藝社」の師範授与式 字が書け、読めるようになった同胞も 「10年間、続けてきてよかった」

師範の免状を受け取った5人と会員ら(22日)

 書道「書藝社」(主幹=礒部有香さん)の師範授与式が22日、ロッテプラザ元禄の間で行われた。表彰されたのは李妙順さん(75)、鄭又連さん(74)、白文子さん(71)、鄭淑子さん(66)、林紅仙さん(37)ら千葉在住の同胞5人。朝銀千葉(当時)女性後援会を中心とした書道教室「ウンピニョ会」(千葉市、1995年3月〜)、「ピダン会」(船橋市、1996年4月〜)では、卒業生、現役ふくめ70余人がこれまで同社に在籍、3年前の宋秀子さんに続き、あわせて6人の師範を輩出したことになる。同胞の集まる各種イベントでは書の技術をいかんなく披露している。10余年間、師範への険しい道のりを「礒部先生の情熱的な指導」で乗り越えてきた。

 この日、師範の免状を手渡し、祝辞を述べた礒部有香さん(68)。書藝社で指導にあたっている。書道教室設立当時のことを回想しながら、「みなさんと出会った頃の初心を忘れていない。今日は感謝の気持ちでいっぱい」とあいさつ。5人の師範誕生に「大いなる喜びであり、誇りだ」と口元をゆるめた。

 学校に通えなかったために、字を習っていない同胞が師範として表彰された意義は大きい。

授与式で10年間を振り返る磯部主幹

 緊張しながらも幸せを感じているという鄭又連さんもそのひとり。「老いて学ぶということは暗闇に行くようなものだった。でも、立ち止まらずに光を見たかった。書に対する情熱に満ちた礒部先生は、一生懸命に手とり足とり教えてくださり、背中を押してくれた」という。

 筆の持ち方から習ったという李妙順さんは、「生活の柱になっていて、教室が楽しいみたい」(娘談)。李さんは、「四苦八苦しながらここまで続けることができた。まだまだ未熟だが生きている間は会の発展を願い精進していく」と語る。

 体力が続くかぎり、一生懸命にやりたいという白文子さんも学校に行っていない。「礒部先生のおかげで字を習い、読めるようになった」。

 何かのことで悩んだら「無」になれ、「書道に支えられてきた10年だった」と回顧する鄭淑子さん。「勉強になるし、なによりも先生が魅力的。書を習い始めてからは屏風などについつい目がいってしまう」と笑う。

 「大変なこともあったが、今日がまた新しい出発点となりそうだ」−林紅仙さんは、10年半前、生まれたばかりの子どもを連れて教室に通った。仕事後、会に顔を出し、家に帰ったら子守。多忙なため、今でも3人の子どもが寝たあとに作品を書く。葛藤もあったというが、書への情熱が林さんを支えた。結果、メキメキと上達。書を始めたきっかけは、「字がきれいになりたかった」というが、10年間のうちに、「師範」となり、「教室」を開きたいという大望を抱くまでに。しかし、師範への道のりを「労力、精神力とのたたかいだった」と表情をゆるめない。

 書道教室設立以来、指導にあたっている礒部さんは6歳のときから62年間、書ひとすじ。父の影響で、自然と書の世界に足を踏み入れた。55歳のときに書道誌を出した。40代の頃からの念願が叶ったという。「書の勉強が日常の中で役立たなければならない」と考えていた頃、千葉同胞の紹介で、書道教室「ウンピニョ会」「ピダン会」の講師となった。「書は人なり」が座右の銘。

 書のいちから教えた5人が「師範」として巣立った。自分の意思を継承してくれる生徒がいる。「実はこれが一番難しい。うれしいです」。(李東浩記者)

[朝鮮新報 2006.1.24]