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〈投稿〉 日本のゆくえに警戒を

 6月10日に放送されたNHK番組「日本の、これから 米軍基地」を観た。

 グローバルな冷戦の終焉以降、冷戦という暴力によって封じ込められてきた、歴史問題が噴出した(その象徴として金学順ハルモニムのカミングアウト)。日本は歴史の清算を求める悲痛な声を無視し続け、外交的「友好」のための「村山談話」発表以降は「新しい歴史教科書をつくる会」をはじめとする極右勢力の反動攻勢に拍車がかかった。歴史問題への居直りともいえる日本の極右的な動き―憲法改悪、教科書問題、靖国神社参拝、国連安保理加入問題、独島問題など−に対し、北南朝鮮や中国をはじめとするアジア各国は強く反発している。「反日」の渦は「歴史戦争」の様相を帯び、そして日本はアジアの中の孤児となりつつある。

 しかし、その「反日」に対し日本は、「内政問題」「ナショナリズムだ」と罵るだけで、なぜこのような「状況」になっているのか理解できていない。そこには、植民地支配と侵略戦争への歴史認識と同時に「戦後」60年間、「平和国家」を自任してきた日本の歴史認識(「戦後」認識)が問われているのではないだろうか。

 20世紀前半、アジアで支配と侵略、戦争を展開した日本は、敗戦後、米国の冷戦戦略に主体的に便乗し、大日本帝国の「過去」を清算してこなかった。「戦後」(1945年以後)も継続したアジアの戦争−朝鮮戦争、ベトナム戦争−に米国の「基地国家」として加担し、それを外在化するなかで「平和」を享受してきた日本。それはすなわち、アジア冷戦構造のなかの「一国平和主義」であった。

 過去清算を凍結してきた「冷戦」への無自覚(それに対し主体的であったのにもかかわらず)が、「反日」への無自覚へつながっているのだ。

 米国の「基地国家」として「戦後」を生きてきた「平和国家」日本は、いままさしく完全なる「戦争国家」へと向かっている。国旗国歌法、イラク特措法、有事法制、教育基本法改悪など一連の法整備や上記した日本の軍事国家への傾斜は新しい戦争へのプロセスにほかならない。

 われわれは、侵略をうけた側として、日本の「ゆくえ」を注視、警戒していかなければならない。植民地支配、冷戦構造(米日の覇権主義)によって、抑圧されつづけてきた在日朝鮮人として。

 番組中の「日本は戦後60年間、銃弾を一発も発射したことはない」「武力行使をしなかった、戦後60年の実績」などの防衛長官の発言は虚構である。

 日本は朝鮮戦争時、米国の兵站基地として戦争に全面的に参加している。日本の植民地支配に苦しんだ朝鮮人たちが、この戦争によってどんなに多くの人々が殺されたのだろうか。日本は米国の侵略戦争に直接加担する過程のなか、サンフランシスコ講和条約によって独立することとなったが、それは朝鮮戦争を通じて「確定」され、日米安保条約によって法的に「規定」された、米国の「基地国家」としての「再出発」であった。

 注:三木秀雄(「『支援』という名の防衛戦略−朝鮮戦争において果たした日本の役割」(『防衛大学校紀要』)86年、154〜155ページ)によると、日本は、@補給(各種補給品の取得、配分、処分)および生産、A整備および回収、B交通および輸送、C衛生(治療および後送)、D建設および不動産、E役務、労務、F死亡者の遺体等の処理、などのすべての兵站活動にかかわっている。(鄭永寿、栃木朝鮮初中教員)

[朝鮮新報 2006.6.28]