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〈60周年を迎えた朝鮮学校の現場から〉 四日市朝鮮初中創立60周年記念集会

未来へつなぐ尊い精神

 四日市朝鮮初中級学校創立60周年記念集会が10月22日、同校運動場で行われ、同胞、日本人士ら550余人が参加。生徒、教員、同胞による記念公演に会場は感激と涙のるつぼと化した。記念式典では学校創立からこんにちに至るまでの功労者、遺族らに感謝状と記念品が贈呈された。

ピース一箱運動

東海朝鮮歌舞団の歌に酔い「統一列車」で盛り上がる同胞ら

 四日市の民族教育は、1946年9月1日に阿倉川駅前で始まった。子女らは同胞が無料で提供した小屋で、祖国の言葉と歴史を学んだ。

 当時、小屋から駅をはさんだ山形の土地は、1坪7円で市が所有していた。そこに校舎を建てようと同胞らは立ち上がった。同胞らでなる学校建設委員会は市と交渉し、1坪を4円にまで下げさせ土地を買収。同胞らが勤労奉仕し、山を削った。人骨が約60柱出てきたという。

 日本人も貧しく暮らした時代に土地を買うための運動が展開された。「ピース1箱運動」がそれだ。1箱10本入りで4円(当時)のタバコ「ピース」が運動名の由来。その値を1口に換算した、いわゆる「1口募金運動」だった。運動は「とても難しく険しかった」と、2代校長を歴任した河在南氏(86)は回顧する。

 そんな同胞の尊い想いが、同校の土には染みついている。

三重歴史調査団

会場で1世に花を手渡す生徒

 先代の精神は今日、若い世代に脈々と息づいている。

 青商会では、朝青とタイアップ、「三重歴史調査団」(2005年結成)の活動を本格化させている。「四日市朝鮮初中級学校創立60周年記念誌」を60周年記念集会で同胞に配ろうと、今年春から本格的に取り組んだ。

 青商会はまず、1200人余の卒業生名簿を当時の学籍簿から整理。別名で保存されていないかなどぬかりなくチェックした。

 学校創立60周年記念事業実行委員でもある三重県青商会の金相守会長(41、同校24期卒)は今後、三重の歴史を深く掘り下げるため、1世へのインタビューなども視野に入れている。とりわけ内容を密に仕上げていく余地があると指摘しながら、「まだまだ入り口。必ず完成させる」と意気込んでいた。

1世の姿に涙

 初級部5年生の金將成くんが全校生での合唱後泣き崩れていた。「僕のハルモニ(おばあちゃん)が泣いていました。それを見て…」。60年の歴史が、幼心を響かせ涙まで流させたのだ。

 東海朝鮮歌舞団の美しい歌声に合わせ踊る同胞の「統一列車」は、いつ終わるともしれず長く続いていた。(東)

[朝鮮新報 2006.11.2]