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キム・ウンギョンさんにとっての再会 朝・日の歴史が生んだ もうひとつの離散家族

 横田めぐみさんの夫だった金英男さん(44)が南に住む母、姉と再会した場には、めぐみさんとの間に生まれた長女、キム・ウンギョンさん(19)の姿もあった。彼女にとって祖母、伯母との再会を果たした3泊4日とは何だったのか。平壌支局記者のレポートを紹介する。

 キム・ウンギョンさんは現在、金日成総合大学の学生。幼い頃には「離散家族、親せき」であるという言葉を聞いても実感がわかなかったはずだ。

 彼女は6.15共同宣言発表6周年を迎えた6月、朝鮮の名山、金剛山を訪れた。父である金英男さんをはじめとする家族とともに南側の家族と再会した。金さんの母と姉は、ウンギョンさんにとって祖母であり伯母である。

最大の被害者は家族

弟のチョルボンくんとともに南の祖母に80歳の祝杯を捧げるウンギョンさん(中央)

 ここ数年、金さん一家の周辺では驚くべき出来事が相次いだ。それは、金さんとウンギョンさんの心を傷つけるに十分だった。

 拉致問題が明らかになる前、父は娘に、亡くなった母が日本人であることを明かさなかった。問題が明らかになると、(娘が)衝撃を受けるのはわかりきっていたからだ。めぐみさんに関する証言を求める人々がいたため、ウンギョンさんは「ヘギョン」という名でマスコミの前に登場もした。

 日本の人々は父と娘の言葉を信じようとしなかった。日本では朝・日関係の基本があたかも拉致問題であるかのように世論がミスリードされた。この問題を政略的目的に悪用しようとする人々にとって、拉致問題は引き続き「未解決」のままがよかった。そのため、死亡者が生きていると強弁する必要もあった。

 いわゆる「生存説」の最大の被害者は遺族である。

 2004年11月、金さんがめぐみさんの遺骨を平壌を訪れた日本政府代表団団長に渡した時も、ウンギョンさんはその事実を知らなかった。

 日本側団長が直筆で残した確約書に、遺骨を提供してもらった事実を「公開しない」との下りがあるのもそのためだ。父である金さんとしては、どんな事情があるにせよ、娘の心を傷つけるわけにはいかなかったのだ。

 にもかかわらず、日本は約束を破った。遺骨鑑定を実施し、それが「偽物」であると断定した。金さんは日本の背信行為に激怒した。伝えられるところによると、遺骨を引き渡すよう建議した朝鮮側関係者にも「抗議」の意思を示したとされる。

 金さんは再会後の会見で、遺骨が「偽物」だとの日本の主張は「夫である私に対する、まためぐみに対する侮辱であり、耐えがたい人権蹂躙」だと述べた。娘にとってはどうだったか。ウンギョンさんはこの世に一人しかいない実の母を二度失ったことになる。日本が「偽物」だと主張して遺骨を朝鮮側の遺族に返還していないためだ。

「統一に役立てば」

 一方、ウンギョンさんは南の家族の消息も知ることとなった。

 出会った瞬間、肉親の情が行き交った。金さんの姉、英子さん(48)は初めて対面した姪に対し、「賢くてかわいい子」とほめた。金さんの母、崔桂月さん(83)の80歳の誕生祝いの際に最も多く涙を流したのはウンギョンさんだった。初めて体験した実の祖母の誕生祝い。ウンギョンさんは弟のチョルボンくん(8)とともに祖母の頬にお祝いのキスをした。

 北と南の離散家族、親せきは外勢による分断の産物だ。今、彼らが民族の和解と団結をもたらし、統一の推進力となっている。

 金さんは記者会見で、「ここへ来て過去史を追及するのは誰にとっても利益にならない」として、「私の家族の出会いが、統一に少しでも役に立てば」と強調した。

 会見では朝・日関係改善に対する言及は特別なかった。ウンギョンさんは敵対関係にある朝・日間の特殊な状況の中で起きた拉致問題に深く関わっている。彼女は被害者の娘であり、朝・日関係の歴史が生んだもう一つの離散家族だ。日本にはいまだに会えない彼女の外祖父母がいる。

 もちろん、ウンギョンさんの心一つだけで状況を変えられないかもしれない。彼女は素朴な若い女性だ。父親の表現を借りれば「決して特別ではなく平凡な子」だ。

 金剛山滞在期間、毎朝幼い弟の手をとって散策する彼女の姿を見かけた。初めて会った南の祖母、伯母とも自然に交わっていた。

 軍事境界線を越えてきた83歳になる祖母は、孫と別れる際にこう述べた。「必ずまた来るからね」。

 孫は「おばあさん、待ってるからね。お体に気をつけて」と送った。(高城発=金志永記者)

[朝鮮新報 2006.7.6]