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正統武道のテッキョン 平壌が発祥地

社会科学院歴史研究所長が寄稿

 労働新聞18日付に「平壌は民族正統武道の発祥地」と題して掲載された、社会科学院歴史研究所の゙喜勝所長(教授、博士)の寄稿文を紹介する。

 朝鮮民族が創造した優秀な文化遺産のなかには朝鮮正統武道であるテッキョンもある。テッキョンは平壌で発生し、平壌を中心として絶え間なく強化、発展しながら次第に朝鮮民族の古い武術史と文化伝統、愛国心を体現している貴重な武術遺産となった。

 朝鮮民族の正統武道であるテッキョンは、蹴りを基本とする徒手(空手)武術として世界のどの武術よりも歴史が古く、優秀で威力のある武道である。

 平壌の歴史と文化はテッキョンのような民族正統武道が創造されうる土台になり、とくに平壌を中心とする関西地方のテッキョンは久しく前から「平壌ナルパラム」と呼ばれ、世界の注目を浴びてきた。

 朝鮮民族の武術はすでに古朝鮮時代から高い水準にあった。古朝鮮が広大な領土を占め、度重なる外敵の侵略を退けて3000年という長久な期間、国を維持することができたのは強い武術を抜きにして考えられない。

 古朝鮮の武術は高句麗によって継承され、より高い発展を遂げるようになった。

 中世武術には一般的に弓術、馬術、剣術、槍術などが含まれたが、高句麗の武術はこれらの種類以外にも拳術(拳法)と「石合戦」まで含んでいた。このうち有名なのは拳法であった。高句麗の拳法は、手打ちと蹴り、頭突きを基本とする威力ある武術であった。

 歴史遺跡を通じてもよくわかるように、4世紀にもはや高句麗には一定の体系と威力ある法数をそろえた拳法が存在したし、これは世界的に最初の拳法であった。

 中国の河南省崇山の少林寺拳法は6世紀中葉頃を始点としている。インドの僧侶ダルマ(達磨)と、彼が教えたという「洗髄経」と「易根経」などの普及を中心にして少林寺拳法が発生、発展したという説を信じるなら、少林寺拳法はダルマの生存時以降となる。

 一方、日本の空手は19世紀頃、少林寺拳法を祖先とする各流派の一つである南中国の南極拳流派が琉球(沖縄)に普及して生まれたものである。したがって、その時期は高句麗拳法に比べようもない。

 高句麗武術の一つとしてまた、石投げ争いがあった。普通、「石合戦」と呼ばれてきたこの武術は高句麗時代にとくに盛んであった。「石合戦」競技の主要方法は、両側が一定の距離に分かれて自分の陣地にそれぞれ、旗をさし込み、前方に石を投げながら攻撃して相手の陣地にある旗を奪うことで勝敗を決めるものである。「石合戦」では石投げだけでなく、さまざまな武術手法がすべて適用されたが、当時高句麗拳法が大きな威力を発揮した。このような石合戦を後世の人々は、「石合戦は競技ではなく、武術の腕前である」と言った。「石合戦」は勇敢さと大胆さだけでなく、機敏な動作と力強い石投げなど実戦に必要なすべての打撃動作が全部含まれた果敢な武術であった。

 このように優れた高句麗武術の中心地は平壌であった。平壌を中心にして発展した高句麗の武術は、わが国の中世全期間、その伝統が綿々と継承された。

 「渤海人3人が集まれば、素手で虎を殴って捕らえる」ということわざは、高句麗を継承した渤海人のたくましい気概とともに、渤海で武術としての拳法が盛んであった事実を伝えている。

 10世紀には数十万人におよぶ渤海遊民が同族の国である高麗に移住した。彼らは、平壌を中心とする西北地方に住みながら外来侵略者に反対するたたかいで武術などを手段にして勇猛をとどろかした。

 高麗時代には拳法が手搏、または手摶戯(手摶争い)と呼ばれた。朝鮮王朝中葉以後からは朝鮮拳法と呼ばれ、それが法典にも定着して次第に全国に広がった。その後、足と脚を基本とするテッキョンに分化、発展した。朝鮮の拳法は、威力があっただけでなく、きわめて独特で民族性のはっきりした朝鮮固有の優れた徒手武術であった。

 徒手武術とは武器や道具を持たない武術という意味である。山の多い領土で生きてきた朝鮮人は腰、脚が強くて気概がたくましく、強じんであった。

 朝鮮人は、農作業の休みの時と武術を練磨する余暇に、道具なしに競うことのできるシルム(朝鮮相撲)と拳法を熟練し、その過程に一定の体系性と法数を持つ拳法を創造した。

 朝鮮の拳法は十分な訓練をし、腰、脚が強い朝鮮人の体質的特性と、正義感が強く大胆かつ頑強な民族的性格が反映された蹴り基本の独特な競い徒手武術であった。

 「平壌ナルパラム」は、古朝鮮と高句麗に始原を置いている朝鮮(李朝)拳法から継承、発展したテッキョンの集合体名称でもある。

 言いかえれば、朝鮮の正統武術であるテッキョンの主流がまさに「平壌ナルパラム」であり、テッキョンの発祥地、故郷がほかならぬ平壌であるという意味である。

[朝鮮新報 2006.8.28]