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反日愛国人士遺族墓参代表団 平壌訪問 「6.15時代のもう一つの結実」

南の遺族らが墓参り

 【平壌発=李松鶴記者】孫貞道牧師記念事業会代表の徐英勲氏を団長とする南朝鮮の反日愛国人士遺族墓参代表団が9月30日から10月4日にかけて訪北した。代表団は金奎植、尹g燮、趙素ミ、趙玩九、崔東旿氏らをはじめとする植民地時代の上海臨時政府の要人で、朝鮮戦争当時、北に渡ってきた在北人士らの遺族、関係者50人で構成されている。代表団は滞在期間、愛国烈士陵と在北人士の墓を訪ねたほか、平壌市内の各所を参観。妙香山なども見て回った。

涙に濡れる家族

愛国人士が安置されている愛国烈士陵を訪れ墓参りする南の遺族ら

 1日、上海臨時政府で要職を務めた人士たちが安置されている愛国烈士陵を訪れた遺族らは、これまで果たせなかった墓参りをするということで、感慨もひとしおだった。

 「ハラボジ、長い間墓参りできなかった私たちを許してください。半世紀以上の時が経ちましたが、こうしてようやくハラボジのもとに来ることができました」

 趙現九氏の遺族であるキム・ハククンさん(72)、チョ・ミョンスクさん(83)、チョ・ソンウォルさん(61)は涙ながらに深々と頭を下げた。金奎植氏の息子であるキム・ジンセさん(79)も、同氏の墓に供え物を捧げたあと、解説員の説明を聞きながら、「(墓に飾られている)石でできた写真を見ると、生前のアボジの思い出が蘇ってくる。このような見晴らしのいい場所で眠っていることを知って安心した」と語った。

 趙素ミ氏の親せき、チョ・マンジェさん(82)は、氏の墓前に立った途端涙が先にあふれ、声が詰まって言葉もでなかった。感情の高ぶりが収まったチョさんは、「長い間、墓参りに来られなかった私をどうか許してください。これまでできなかった分も込めて、私の捧げるお酒を飲んでください」と喉を詰まらせた。

 尹g燮氏の娘、ユン・キョンジャさん(65)は、「幼い頃、アボジと別れた娘が来ました。長い間墓参りもできなかった親不孝を許してください」と墓石をなでながら頬を濡らした。

3日、スク島史跡地を参観した南の遺族ら

 代表団は同日、在北人士の墓も訪ねた。

 金尚徳氏の息子であるジョンユクさん(70)と娘のキルソンさん(72)も涙ながらに祭祀を行った後、南から持ってきた家族たちの写真を手に、「アボジ、これが私の息子でこれが孫です。みんな元気に暮らしているので、どうぞ安心して眠ってください」と語った。

 一行は3日、1948年5月に行われた南北連席会議とゆかりのあるスク島史跡地を参観した。

 南北連席会議に参加した南の人士の遺族らが同史跡地を訪ねるのは今回が初めて。

 金日成主席と南の人士らがスク島でどのように過ごし、どのような話をしたかを解説者から具体的に聞いた一行は、史跡物一つ一つに見入りながら、親や祖父に思いを馳せた。

 キム・ジンジェさんに向かって解説員が、「アボジは背が低かったと聞いていますが、先生はとても背が高いですね」と話しかけると、キムさんは、「アボジは苦労ばかりして栄養もろくに摂れなかった。でも私たち子どもには何不自由なく与えてくれたから私の背も高いのでしょう」と答えていた。

北側も歓迎

 2004年に南で結成された臨時政府記念事業会(キム・ジャドン会長、代表団の遺族代表)は、遺族らの墓参りに力点を置いて事業を進めてきた。

 今回の代表団訪問は、この間、さまざまな曲折はあったものの、遺族らの2年越しの願いが現実のものになった結果だ。

 一方、北でも今回の代表団訪問を歓迎している。

 9月30日に行われた歓迎宴では、民族和解協議会(北側民和協)の金永大会長があいさつ。秋夕(旧盆)を機に墓参りをするのは「東方礼儀之国」として知られるわが民族の伝統的な美風であるとしながら、60余年の間外部勢力による国土の分断で、墓参りの道すら妨げられた南の遺族らが代表団を組んで平壌を訪問したことをとてもうれしく思うと語った。

 そのうえで、代表団の平壌訪問は血筋も風習も同じであるわが民族の姿を現実的に物語るものであり、6.15時代のもう一つの大きな結実だと強調した。

【愛国人士略歴】

 金奎植(1880.12−1950.12) 上海臨時政府の副主席など歴任。解放後ソウルに行き、民主議院副議長に。48年4月南北連席会議に参加。50年9月北に入った。

 尹g燮(1887.4−1959.2) 臨時政府の国務委員歴任。46年12月から南で韓国独立党、民族革命党の事業に関与。50年6月北に入り、在北平和統一促進協議会常務委員に。

 趙素ミ(1887.4−1958.9) 臨時政府の外務総長など歴任。解放後ソウルに行き、非常国民会議議長に。南北連席会議に参加。50年6月北に入り、在北平和統一促進協議会最高委員歴任。

 趙c九(1881.3−1954.10) 臨時政府の財務部長など歴任。解放後、ソウルに行き、韓国独立党で活動。南北連席会議に参加。金九暗殺後、韓国独立党の党首代理に。50年6月北に入る。

 崔東旿(1892.6−1963.9) 臨時政府の法務部長など歴任。解放後ソウルに行き、立法議院副議長に。南北連席会議に参加。50年6月北に入り、在北平和統一促進協議会常務委員に。

[朝鮮新報 2006.10.11]