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外国人学校間の交流を

兵庫県外国人学校協議会会長 林同春さん

 日本における華僑同胞らの教育問題に長年、取り組んできた。

 阪神・淡路大震災後の1995年5月、兵庫県が主催する外国人県民復興会議の場で、それまではそれぞれが独自で運営してきたアジア、欧米の外国人学校間の交流を初めて呼びかけた。参加者からも「それはいいことだ」と満場一致で可決。同年7月には、県下19の外国人学校を網羅する「兵庫県外国人学校協議会」が結成され、初代会長に就任。林さんは、「共に大震災の甚大な被害を被った。こんな時だからこそ協力しあわないと」と振り返る。

 35年、9歳のとき、出稼ぎのため日本に渡った父を京都府丹後半島に訪ねる。37年、中日戦争が勃発。49年から、神戸に住む。

 戦中戦後を通じて、「差別と蔑視の中で生き、苦労を重ねた」。そうした悲痛な体験を次世代には引き継がせたくなかった。

 自身が顧問を務める神戸中華同文学校は45年の神戸大空襲により全焼、日本の小学校を借りて授業を続けた。その後、日本の小学校側から返還を求められた。それが契機となって「自分たちの学校を建てよう」と、校長(当時)らと奮起する。さっそく父母らを中心に募金運動が始まった。自身は早くして社会人となり、それまでに「たまたま貯めていた」500万円を学校の建設費として寄付した。

 外国人学校の処遇問題などで、「これからも国に働きかけたい。そのためにも全国規模での協力が必要。他県での協議会立ち上げを渇望する」と林さん。

 中国・福建省出身。25年生まれの80歳。

[朝鮮新報 2006.3.14]