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〈国家のエゴが生命を蹂躙するとき(下)〉 「国家の暴走に歯止めを」

 美しい景観守ろう

 川辺川は全長115キロメートル。九州脊梁山脈に源流を持ち、熊本県・球磨盆地を潤しつつ、日本三大急流のひとつ、球磨川と合流し、不知火海へと流れる。その水の美しさは、平成6年に水質日本一と環境省から絶賛され、全国の釣り人、カヌーイスト、自然を愛する人々を魅了してやまない。

 また、清流川辺川には、尺鮎と呼ばれる体長30センチ以上の大きな鮎が数多く生息している。その川の恩恵に生きる川漁師の組合が、私が所属し、また、悲しくもダム推進に大きく変質しようとしている「球磨川漁業協同組合」だ。

 01年、国と漁協執行部は、川の値段=川辺川ダム建設に伴う漁業補償金を16億5000万円で秘密裡に合意した。球磨川漁協執行部は、九州の背骨から、不知火海に流れこむ大動脈である清流を、わずか16億5000万円で売り渡そうとした。

 同年2月28日、球磨川漁協通常総代会において、漁業補償交渉案は否決された。

 球磨川漁協には100名の総代がおり、私もその中の一人だが、ダム推進である漁協執行部派の総代は、補償交渉に必要な3分の2の得票を獲得できず、私たちは球磨川・川辺川の清流を守りぬいた。ダム計画に国の威信を賭けて執着する国土交通省と、補償金に目がくらんだ漁協執行部は、同年11月28日、再度、強引に臨時総会の開催を強行した。これは、ダムの是非を球磨川漁協組合員の総意に諮るということだ。ここでも、清流を愛する漁師たちの粘りにより、ダム推進派は補償交渉に必要な3分の2の同意を獲得できず、球磨川漁協臨時総会は、補償交渉案を否決した。

 二度の補償交渉否決

 二度にわたる漁民の否決の結果、国土交通省は熊本県に対し、同年12月18日、日本で初めての「漁業権の強制収用採決申請」を提出した。

 漁協を補償交渉に応じさせることが無理なら、漁業権を強制収用しよう、ということだ。漁業権は本来、漁民一人ひとりが持つ権利だ。その権利を、漁協に属するものとしてひとくくりに剥奪しようとする国を相手に、私たちダム建設に反対する漁民は立ち上がり、「尺アユ裁判(事業認定取消訴訟)」を02年3月23日提訴した。3年半をかけて裁判を闘った結果、昨年9月、国交省がついに「事業認定」を取り下げ、川辺川ダム計画は白紙に戻り、同12月28日、私たち漁民の正式な勝利が確定した。

 この「尺アユ裁判」は、ダムの事業認定の是非を問うだけではなく、理不尽で杜撰なダム計画によって「漁業権」を強制収用されようとする、漁民の人権闘争でもあった。

 日本の国では 国と闘って勝利する裁判は本当に少ないと思うが、弁護団をはじめ、漁民、農民だけではなく、多くの人々の総意がこの裁判を勝利させたものと考えている。しかし、国土交通省はダム建設に固執し、治水ダムとして計画を再提出する構えだ。

 近代に入って、日本が誤った道を進んだ結果、隣国の人々に悲惨な犠牲を強いたことは、この連載ですでに述べた。私たちはこのような愚かな道を繰り返させないためにも、各地で国の暴走を防ぐ運動を展開すべきである。(やつしろ川漁師組合組合長 毛利正二)

[朝鮮新報 2006.5.1]