〈本の紹介〉 随筆「花の寺」 |
一人の女性として、日本の侵略戦争の原罪を背負い、そこから決して目を背けることなく50年余り執筆し、発信し続けてきた随筆家・岡部伊都子さん。当代随一といわれる美しい文章で綴られた作品はすでに131冊になる。 本書はその岡部さんの名文を40年ぶりに復刊したもの。 題名の「花の寺」で分かるように、本書は奈良、京都の名刹と花にまつわる秘話が綴られている。しかし、単なる「花の話」ではない。 一例をあげると「醍醐寺」の「桜」。岡部さんはこう書いている。「長い戦国−散り桜、桜−軍国主義の象徴などという方程式ができてしまった。もちろん、戦後に大きくなった人たちにはわからないことかもしれない。にがにがしい悲しみと痛みを耐えて、いまも生きている生き残りの私たち。戦争のために、さくらを利用した『散り急ぎ精神』をたたきこまれ、そして実際、はらはらと散ってしまった肉親や愛しい存在をもつ私たちの心に、単に美しい、やさしい、とのみは影うつさない複雑な思いをもたせるさくらなのである」と。 桜と軍国主義の不幸な関係を見事に表わしている。 もう一例。「法然院」の「紫陽花」の項では、河上肇博士や九鬼周造博士の墓前でこう語る。「思索を行動し、行動を思索する人びと。人間から人間性を奪おうとするあらゆるものを敏感に判断し、頑固に拒否し、ひとりでも働く仲間を幸せにし、人間のいのちを守る、そのための闘いに参加している実践の美しさが、身にしみて痛い」。 読めばよむほど、胸に染み入る言葉。そして静かな余韻に浸る至福の時。本書を手にする人は、「花を訪ねて、花に祈る」岡部さんの姿を想像できよう。花の表情は刻々と変化し、季節は移ろい、時代も変化していく。しかし、どんなに時が変わっても変わらぬ人間の精神、譲らぬ思いがあることを誰もが噛み締めるのだ。(岡部伊都子著、淡交社、TEL 075・432・5161)(朴日粉記者) [朝鮮新報 2006.5.22] |