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〈みんなの健康Q&A〉 アルコールと健康(上)−酔いのメカニズム

 Q:そろそろ暑くなってきて、ビールが恋しい季節ですね。近頃は発泡酒だの第3のビールだの、そっちのほうが売れてるとか。

 A:酒はあるときは「百薬の長」と呼ばれ、またあるときは「万病の元」の汚名を着せられながら、洋の東西を問わず、人々の生活史とともにこんにちまで継承されてきました。

 われわれが酒に魅せられるのはなぜでしょう。

 酒が生体内に入ると精神安定剤となり、鎮痛、麻酔薬として働く一方で、慢性飲酒を続けるとアルコール依存症になるなど、よくも悪くも多彩な作用を発揮します。とはいえ、理屈はともかく酒は平凡で退屈な生活に刺激を与えてくれます。ときには、苦痛や悩みを伴う日常性の連続からそのストレスを和らげてくれます。さらには、多幸感といって、たとえ束の間でも幸せでいっぱいという感覚を伴う異次元世界へと誘導してくれます。

 かの有名なオペラ「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」の冒頭、饗宴の場面で歌われる「乾杯の歌」を聞いたことがあるでしょう。

 「さあ酒を汲もう、美貌に花そえる杯をもって。束の間の時が、歓楽に酔いしれるように」。享楽的な生活を謳歌し、華やかな宴を盛り上げるこの歌が、実はこの物語の悲劇性をさらに深めることになるのですが。

 今年は大作曲家モーツァルト生誕250周年とかで、さかんに宣伝されているようですが、彼のオペラ「魔笛」でも、酒に酔っ払ったお調子者パパゲーノが「飲むもの、食うもの、みなうまく、天下を取った心地して…」と歌いながら無邪気な心の内を吐露します。ヨハン・シュトラウスの喜歌劇「こうもり」では酒にまつわる逸話が物語の核心となっており、飲めや歌えのドンちゃん騒ぎのてん末が、おかしくもあり、示唆に富んだ人間模様を垣間見せてくれます。

 Q:アルコールは人の生活と切っても切れない関係があり、昔から物語には欠かせない要素となっていますね。

 A:酒を飲むことによって起こる酩酊状態、陶酔感は、ほかの多くの現象を超越するほどの神秘として、いわば魂を飛ばすための手段とされてきました。

 とくに人類が狩猟時代から農耕を知る時代に入ってからは天変地異をはじめ、超人的な威力を備えているものを神として恐れるようになり、それを鎮めるために酒を供え、自らも酔って神との交流をはかり、結びつくことで、天災などの根源を断つことを願ったのです。酒にまつわる似たような話はどこの国にもあると思います。

 Q:アルコールを飲むとどうして酔うのですか。

 A:その前にアルコールの体内での吸収についてお話ししましょう。

 経口摂取されたアルコールは、約20%が胃で、約80%が小腸で吸収されます。吸収速度は、小腸、とくに十二指腸から空腸にかけての腸管からの吸収が最も速く、次いで胃、大腸の順で遅くなり、口腔、食道が最も遅いとされています。空腹時に経口摂取されたアルコールの60〜90%は30分以内に、95%は1時間以内に吸収されます。

 Q:ということは、胃の切除を受けた場合、アルコールの吸収はより速くなりますね。

 A:当然そうなりますね。胃内部の食物は、アルコールの胃からの吸収を遅らせ、かつアルコールの小腸への移行も遅らせます。とくに、蛋白、糖質、脂肪が適当に混ざった食べ物、たとえば牛乳、乳製品などがアルコールの吸収を遅らせることがよく知られています。なお、飲酒する前に水を飲むと胃粘膜が洗い流され、アルコールの吸収が速くなります。

 そこでアルコールの人体に及ぼす作用なんですが、総体的にいってアルコールは中枢神経系に対して抑制的に作用します。詳しく言うと、アルコールは高次脳機能を抑制し、少量の飲酒では大脳前頭葉に対し影響を与え、多幸感、多弁、ほろ酔い気分が生じます。また、大脳皮質のほかの部位が機能低下におちいると、ちょっとした痛みだと感じなくなり、視覚、味覚などの感覚も鈍くなります。さらに進むと、抑制が徐々に下位の中枢神経へ広がり、ささいなことで泣く、怒りっぽくなるなど、喜怒哀楽を制御できなくなります。加えて小脳の抑制によって体の動きがすんなりいかず、歩くのにふらふらするようになります。急激なアルコール血中濃度の上昇や大量飲酒により脳幹部が抑制されると、昏睡状態から呼吸停止に至ることがあります。

 Q:同じアルコール摂取量でも、人によってずいぶん酔い方が違うのはなぜですか。

 A:遺伝などによりアルコールに対する感受性が個人で異なるので、飲酒量と酔いの程度、いわゆる酩酊度は必ずしも一致しません。体内でアルコールを代謝、処理する能力によるわけです。

 Q:なかなかほろ酔いだけですまない人が多いようですが。

 A:普通に酒が飲める人でも、だいたい日本酒1合程度で気分がさわやかになり、いわゆるほろ酔い気分になる場合が多いですね。さらに進むと、徐々に酩酊度が進み、不安、緊張がとれて陽気になっていきます。まあ、ここまでなら楽しい酒といえるでしょう。しかし、それが過ぎると、やたらとしゃべりまくり、気が大きくなって大胆な言動にはしるようになります。さらに飲み続けると、千鳥足、言語不明瞭となり、ささいなことでけんかを始めたり、物を投げたりするようになります。これ以上の飲酒では、いわゆる泥酔状態になり、歩行不能、ついには意識喪失状態となります。人身事故や脳機能の障害から生命の危険にさらされることもあります。(金秀樹院長、医協東日本本部会長、あさひ病院内科、東京都足立区平野1−2−3、TEL 03・5242・5800)

[朝鮮新報 2006.6.9]