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〈本の紹介〉 新版 韓国の食

食の体系と医食同源の知恵

 古今東西の食の第一人者石毛直道・国立民族博物館名誉教授が、朝鮮王朝最後の水刺間(厨房)で修業をし、宮廷料理から郷土食まで知り尽くした料理の人間文化財・黄慧性さんに聞いてでき上がったのが本書である。そこらへんの本屋に平積みされた色がきれいなだけの料理本とは根本的に違う、おいしくて体が喜ぶ朝鮮の食の体系と、歴史にまつわる豊かな知識、医食同源の知恵が詰まった稀有な書である。

 何よりも本書に命を吹き込んでいるのは、朝鮮王朝最後の尚宮につかえた黄さんの稀有な体験に基づく生き生きとした語りであろう。朝鮮宮廷料理の語りべとしての知性と品格が漂い、上質なワインを味わうような余韻を読者に与えてくれるのである。

 五汁十二菜の国王の食卓、宮中の食事の作法、その土地土地の驚くべき種類のキムチや塩辛はじめ伝統食にまつわるエピソードが満載である。

 また、歴史家なども「ヘェー」と唸らせる驚きに満ちた生活史の情報が随所に出てくる。

 キムチの話では、南に行けば行くほど、保存の必要もあって塩辛くなること、北にいけば行くほど辛くなくなるという。

 高麗の首都として長く栄えた開城(松京)は、「食べ物が大変おごっていた」(黄さん)土地柄。いまでも、「食文化が立派だと言って威張るところ」だという。ポサムキムチもここが発祥の地。黄さんはちょっと怖いエピソードを紹介している。

 開城ではポサムと言わずポキムチという。ポは風呂敷という意味で、袱と書く。サムというのは包むこと。白菜の中に、味付けされたキムチの具を一つの器に盛れるくらいずつ入れて漬けるキムチをいう。なぜ、開城ではポキムチなのか。昔、占いで娘の運命が芳しくないと言われて、どこかから青年を袋に入れて連れてきた。これをポサムといった。その娘の部屋に入れて、厄払いしたという。こういう由縁もあって開城ではポサムキムチという言葉は使われなくなったという。

 ちなみにいま、日本ではNHKで「宮廷女官 チャングムの誓い」が放送されているが、ドラマの中で紹介される全ての料理の監修に当たったのが、黄さんの長女、宮中飲食研究院院長の韓福麗さんである。

 石毛さんの該博さと好奇心に満ちた質問と豊かな体験に基づいて縦横無尽に語る黄さんとの丁々発止が楽しい。時に話題は、朝鮮半島、日本、中国の食の歴史にもおよぶ。知的な刺激に満ちた一冊。(黄慧性+石毛直道、平凡社、TEL 03・3818・0741)(朴日粉記者)

[朝鮮新報 2006.6.19]