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〈本の紹介〉 チマ・チョゴリ制服の民族誌

人間性の回復と自立する女性 

 朝鮮学校に通う女生徒たちの制服は朝鮮の民族衣装、チマ・チョゴリだ。民族衣装を学校の制服に取り入れるのは世界でも珍しいケースだが、本書はこの制服の制定過程を追った、チマ・チョゴリ誕生秘話ともいえる読み物である。

 チマ・チョゴリ制服が生まれたのは1960年代のはじめと言われているが、80年代後半からこの制服は日本社会でセンセーショナルな存在になってしまった。「パチンコ疑惑」「核疑惑」「ミサイル疑惑」そして、日本人拉致事件など、朝鮮を取り巻く報道が過熱するたびに制服を着た女生徒がナイフで切りつけられるなどの事件が起こり、在日朝鮮人社会では制服の見直しを求める声もあがりだした。

 当時、朝鮮新報記者だった著者は、保護者と学校関係者による議論は、「民族文化、伝統文化の保護」と「安全確保と女性差別是正」という二項対立的なものとなり、建設的な話し合いにならなかったと述懐している。制服の歴史に目を向けた本質的な意味の問い直し、着用の当事者である女子生徒に寄りそった議論が少ないまま、1999年に「第二制服」(ブラウスとスカート、冬はブレザーも)が導入されたことへの疑問が著者をしてこの研究へと駆り立てた。そして、女子生徒たちが自発的に着だしたことが始まりだったという話を手がかりに聞き取りを進め、そのプロセスの解明を試みる。

 第3章「チマ・チョゴリ制服を生んだ人々」では、チョゴリを着だした女性たちのインタビューがまとめられていて興味深い。日本学校からの編入生を担任した元教員は、生徒たちの集団着用をリードした。チョゴリ制服は、日本学校で誇りを持てずにいた生徒たちの覚醒を促すためのもので、民族の誇りを体で堂々と表現することが重要だったと話す。女性のみが民族衣装を着ることが時代に逆行しているのではとの問いには、まず民族意識、誇りを持つことが一番重要だったと答えている。

 また、親の反対を押し切って日本の学校から朝鮮大学校へ進学したある女性は、友人とチョゴリを着て帰国船を見送りに新潟へ行き、好評を得たことを語っていた。

 自身も朝鮮学校出身者である著者は、「朝鮮学校コミュニティ体験」が、2世以降のエスニックアイデンティティ形成に決定的な役割をもたらしたと見、そのおもしろさに注目している。

 「好き、かっこいい、かわいい」−女性たちの証言からは、自らが生み出したものへの愛情や当時の時代背景への積極的な問いかけが伝わってくる。

 人間性の回復、女性としての自立を民族の衣服に求めた朝鮮学校の女性たち。その意識と感性は制服として制度化されたあと、いかに変化を遂げたのだろうか。われわれが問い続ける民族性や伝統を見つめ直し、開かれた学校の未来に思いを馳せてみよう。(韓東賢著、双風舎、TEL 050・3402・3452)(張慧純記者)

[朝鮮新報 2006.7.3]