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〈本の紹介〉 「戦争の克服」

国際法の根底に人間の信頼

 「誰かを殺したくはないし、殺されたくない。多くの人々はそう思っている。しかし、それでも戦争は起きる。戦争をなくすことははたして可能なのか?」こうした素朴な疑問から成立したのが本書である。

 対談思想書の名手、怪人モリス(森巣博)氏が投げかけた人類史上最大級の疑問に、当代随一の哲学者、鵜飼哲氏と国際法学者、阿部浩己氏は、いかに答えたか。

 近代以降の戦争史、現在のアメリカ単独主義の世界と日本の情勢分析、国際法の危機と可能性、そして、戦争抑止に向けた見取り図などを、最新の学問動向を踏まえてわかりやすく論じた、新世紀の戦争学入門書である。

 たとえば、湾岸戦争以降の軍産複合体の及ぼす社会全体への影響について、森巣氏は「軍産複合体が戦争を要請するから、それを実現するのが政治だ」との明確な認識を持つ。これに対し、鵜飼氏は「かつては複数の国がそれぞれの利益を追求するために、戦争はあった。今はアメリカという一国が、複数の企業のために戦争をしています。そして、企業は特定の地域を拠点とせず、存在そのものが流動的なので、必ずしもアメリカに利益をもたらしているわけではない。アメリカは戦争を生産するために、力ずくでヤクザ顔負けの言いがかりを捏造します」と断じている。

 ペンタゴンを戦争中毒、戦争依存症と規定する両氏は、沖縄問題にも鋭い視線を送る。9.11以後のアフガニスタン、そしてイラクの戦争を通じて決定的に変質していった日米の軍事同盟は、いまや反テロリズムの戦争の枠を超え、太平洋沿岸からユーラシア大陸全域まで、即時に合同の軍事介入が可能な態勢の構築に、急ピッチで突き進んでいる。そして沖縄は、ふたたび米日の覇権国家によって朝鮮半島、中国大陸との未来の衝突の最前線にされようとしている、と見解を一つにする。

 また、鵜飼氏はとくに東アジアでは、朝鮮に向けられた攻撃の可能性をいかに回避するかが、一番のテーマであると強調する。まず、やるべきことは、韓国ばかりでなく、日本社会からも「われわれは朝鮮半島での戦争を望まない」という声をはっきり世界に向けて発信していくべきだと指摘する。

 「もし、北朝鮮が攻撃されたらどんな結果になるかは、火を見るより明らかですから」

 阿部氏は現実は一筋縄ではいかない、と戒めながらも、「それでも、平和という『現実』を追求する営みは、戦争をして人を殺したり殺されたりする『現実』にひれ伏すよりは、はるかに意味のあることではないか」と希望を捨てない。

 阿部氏は米英の不正行為を「侵略」と名指す人々は知識人や政策決定エリートの間にはあまりにも少ないが、そうした目に余る国際法違反をそのままやり過ごしたのでは、違反が違反でなくなり、いつの間にやら合法な装いすら装着されてしまうかもしれない、との危惧を抱きながら、次のような鮮明な問題意識を示す。

 「重大な国際法違反が政策決定エリートたちやその周辺にいる人々の思惑から放置されるとき、事態を是正するために立ち上がることができるのは市民、民衆である。国際法は政府や政策決定エリートのためにあるのではなく、世界に棲まう人間たちのためにこそある。国際法の正当性を最終的に支えているのはそうした人間たちの信頼なのであり、その信頼を根底から覆すような振る舞いに政府が出るとき、市民、民衆は直接に行動を起こしてよい。それは市民、民衆の権利であり、責務である」

 朝鮮によるミサイル発射訓練を政治的、軍事的な千載一遇の好機ととらえ、いたずらに危機を騒ぎ立てる日本列島。この状況をいかに打開し、東海を平和な海にしていくのか。本書はさまざまな示唆と深い思索のチャンスをもたらしてくれるだろう。(阿部浩己、鵜飼哲、森巣博著、集英社新書、TEL 03・3230・6393)(朴日粉記者)

[朝鮮新報 2006.7.12]