〈みんなの健康Q&A〉 社会不安障害/SAD(上)−症状と原因 |
Q:最近、テレビや雑誌などで「SAD」ということばをよく目にしますが。 A:SADとは、社会不安障害という心療内科、精神科で扱う病気のことをいいます。「対人恐怖症、赤面症、あがり症」など、いろいろな呼び名がありますが、今まで「気の持ちよう、訓練すれば何とかなる」で済まされていたものの一部には、社会不安障害(SAD)と呼ばれる患者さんたちがいることが最近わかってきました。 Q:具体的にはどのような症状が現れるのですか? A:例えば「ちょっと恥ずかしいな?」と思うような場面に直面しても、たいていの人は少しずつ慣れてきて、どうにかふる舞えるようになりますが、SADの人は、そういった場面では常に羞恥心や、「笑い者にされるのではないか?」という強い不安感や、恐怖心を抱いてしまうのです。 私が担当したSADの女性(23)は、今春入社した新入社員でした。彼女は電話をとるのが大変苦手で、会社にかかってきた電話をほかの社員がとってくれるのを、心の中でひたすら祈っていました。それでも自分がとらなければならない場合には、決まって激しい動悸がして、耳まで赤くなり、冷や汗をびっしょりとかいてしまいます。 Q:発病のきっかけはあるのでしょうか? A:彼女の場合、発病のきっかけは、中学2年の国語の授業でした。それ以前はとくに緊張もせず、どちらかというと活発な性格でしたから、みんなの前でも朗読することができていました。しかし、その時は、席を立った瞬間から手足が震え、冷や汗が止まらず、声がうわずってしまいました。まるで泣いて、嗚咽を漏らしているようだったのでしょう。周りの生徒から冷やかされ、失笑をかいました。それ以来、彼女は人前で発表が全くできなくなってしまったのです。 ちなみに彼女は今まで一度も、他人とカラオケ店には足を踏み入れたことがありません。しかし、歌は好きで、人目を気にせずに済む自宅のお風呂の中では、気持ちよく歌っているそうです。 Q:ほかにはどんな症状の人がいるのですか? A:もう1人の患者さんは、ある外資系企業の経理を担当している26歳の女性です。短大を卒業後、6年間契約社員として仕事をがんばってきました。そしてこの春、今までの仕事が上司に認められ、正社員になる誘いを会社から受けました。彼女は仕事内容がとくに変わらないことを確認したうえで、生活面の安定や、責任のある仕事がしたいといった自分の希望を考慮し、正社員になることにしました。しかし、実際には正社員と契約社員とでは大きな違いが一つあったのです…。それは毎月、月初めにある朝礼でした。 朝礼のある朝は社長から社員まで全員が就業前に集まり、みんなの前で今月の自分の目標を発表しなければならなかったのです。「朝寝坊をしない」など、内容は仕事と直接関係なくても構わなかったそうですが、彼女は内容よりも人前で発言しなければならないことが苦痛でしょうがありませんでした。その朝礼のことだけで、彼女は正社員になったことをひどく後悔し、今では真剣に退職することを考えています。 Q:ずいぶん気の毒な話ですね。 A:このように「人前で自分が何かおかしなことをしてしまうのではないか?」という「強い不安」をSADの患者さんは抱いてしまいます。多くの人は、最初に不安を抱いても時間とともに慣れ、不安感や恐怖心は徐々に薄れていくものですが、SADの患者さんはそうではありません。そして、そのことを周りの人に気付かれやしまいかと感じ、 おどおどし、不安のもととなる状況から逃げ出そうとしてしまうのです。 Q:身体症状としてはどのようなものがあるのですか? A:最も多い症状として、先に紹介した患者さんの例にもあるように「スピーチ恐怖」を挙げることができます。SADでの強い不安症状が自律神経系に作用し、呼吸困難、頻脈、冷や汗、手足の震え、吐き気、尿意、めまいといったさまざまな身体症状を発症することがあります。人前でのスピーチは普通の人でも緊張しますが、SADの人はそれが極度に身体症状として表れるわけです。 Q:性別や年齢は関係あるのでしょうか? A:SADは性別では男性より女性の方がやや多く、欧米人よりも東洋人に多いと言われ、思春期前から成人早期にかけて多く発症します(SADの発病年齢の平均は15歳前後)。軽症例も含めると、人口の10.15%がこの病気にかかっているとの報告もあり、現代社会においては、この病気は決して特別な人だけのものではないと言っても過言ではありません。 Q:合併症の危険もあるのですか? A:アルコールは脳を麻痺させる効果があり、脳にある人間の理性を担当する部分(大脳新皮質)をアルコールの作用が鈍くさせます。すると大脳新皮質のコントロールが弱まり、過度の緊張が一時的に緩和するのです。そのためSADの患者さんの一部には緊張場面の直前にアルコールを飲んで乗り切ろうとする人も少なくなく、不安な気持ちを回避するために日中からアルコールを飲んでしまい、結果として飲酒量が次第に増加してしまって「アルコール依存症」を引き起こすこともあるのです。同様にSADをそのまま放置していると症状が慢性化し、「うつ病」や「パニック障害」など、別の精神疾患との合併が問題となることもあるのです。ですから充分に注意することが必要です。 次回はSADの原因、治療法等について説明しましょう。(駒沢メンタルクリニック 李一奉院長、東京都世田谷区駒沢2−6−16、TEL 03・3414・8198、http://komazawa246.com/) [朝鮮新報 2006.8.10] |