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〈朝鮮と日本の詩人-17-〉 萩原朔太郎

 朝鮮人あまた殺され
 その血百里の間に連なれり
 われ怒りて視る、何の惨虐ぞ

 「近日所感」と題された、萩原朔太郎の三行詩である。関東大震災のあった1924年2月に雑誌「現代」の第5巻第2号に発表された。

 震災の当日、朔太郎は郷里の群馬県前橋の自宅にいた。震災のあまりにも大きな被害に驚愕して、米と食料品をリュックで背負い東京に向かった。幼少のころから慕っていた母方の叔母と従兄を見舞うためで、汽車と荷車をのりつぎ、大宮からは歩いたという。

 朔太郎は、1917年に処女詩集「月に吠える」をもって口語自由詩を完成させた、日本近代詩の巨匠である。その詩人が、朝鮮人虐殺にいち早く反応して怒りを噴出させたことは記憶にとどめてもよい。

 「あまた殺され」「その血百里」という直截で簡潔な表現をもって、犠牲者のあまりにも多数であったことをリアルに表現している。朔太郎の怒りは、無抵抗の朝鮮人をふつうの民間人も軍警と一緒になって虐殺したことに、日本人の自分が許せなかったことに起因している。

 「惨虐」という詩語については、この言葉は現在、「広辞苑」にも「大辞林」にものっていない。当時は「残虐」と同じ意味で使われていたことばである。

 朔太郎が、あまりにもむごたらしい惨状を、臨場感をもってあらわすために使った「惨虐」という詩語が、80年以上経っても胸に迫ってくる。

 無こなる朝鮮人惨殺に対する、この詩人の沸々とした憤怒が、あえて「惨虐」を詩語たらしめたのであろう。この詩がいく種もの版のある単行本の「萩原朔太郎詩集」にはおさめられていないのは残念であるが、筑摩書房版全集の第3巻「拾遺詩篇」には収録されている。(卞宰洙、文芸評論家)

[朝鮮新報 2006.9.1]