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〈本の紹介〉 「福沢諭吉の戦争論と天皇制論」

「美化論」完膚なきまで叩く

 本書は「福沢諭吉のアジア認識」「福沢諭吉と丸山眞男」(高文研)に続く著者の福沢諭吉論第3弾である。

 福沢諭吉といえば、圧倒的多数の日本人が「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」で有名な「民主主義の先駆者」「近代日本を代表する最大の啓蒙思想家」と共通認識している。

 しかし、著者は第1弾で、かかる「常識化」した福沢像を根底から覆した。「福沢諭吉全集」を通じて浮かび上がる実像とは、中国、朝鮮などに対する徹底したアジアべっ視、冷厳な弱肉強食論、侵略戦争の扇動と植民地化政策の推進、関与、天皇制の国策的活用、国権至上主義、のちの大陸侵略、「大東亜戦争」の「盟主」思想の先駆、「尽忠報国」「報国致死」「臣民」思想の鼓吹など枚挙にいとまはない。さらに皇軍構想、権謀術数的「内危外競」路線と靖国の思想、のちの「従軍慰安婦」や悪名高い「三光作戦」につながる思想、ひいては国民愚昧化教育の提唱、女性蔑視、差別…など、およそ自由、人権、民主主義とは正反対の人物像である。

 第2弾・「福沢諭吉と丸山眞男」出版の目的は、「現代を代表する進歩的知識人」丸山が福沢を初期、後期を通じて一貫した「典型的な市民的自由主義」者と偶像化、神話化した、いわゆる「丸山諭吉」神話を完全に解体するためであった。

 第3弾の本署は、先行の2著で「決着」がついたはずが、「全集」収載の無記名論説のなかでも、アジアへのべっ視、侵略や天皇の尊厳神聖を主張した論説の実際の著者は、福沢ではなく、福沢が論説主幹を努めていた「時事新報」の石河幹明記者(ら)であるという、誤った筆者認定を行うことで新たな福沢美化、偶像化をはかった平山洋(「福沢諭吉の真実」)と井田信也(「歴史とテクスト」)の著書が、日本のマスコミによってもちあげられ、「福沢神話」賞賛の大合唱が行われている現実を看過できなかったために書かれた。

 本書では、平山、井田の論拠、主張がいかに杜撰で稚拙であるかを事実にもとづいて完膚なきまでに論破し、福沢の天皇制論、戦争論をさらに深く掘り下げ批判している。本書の終章「福沢諭吉と田中正造」も示唆に富んでおり、「天は人の上に…」の出典の新説の紹介なども興味深い。

 現在の「靖国問題」に象徴される歴史認識、戦争責任問題、朝鮮半島、中国などアジアと日本の広がる摩擦の思想的根源は福沢諭吉にある。その流れを汲む政治家が日本を危険な方向へ導き、マスコミがそのあと押しをしている。延々と一万円札の肖像に居座る人物が、これを見てほくそ笑んでいるようだ。

 この逆流現象に真っ向から挑む著者の労作は、21世紀の日本のあるべき姿を示す、すぐれた啓蒙書といえよう。著者の今後の活躍を心から期待する。(安川寿之輔著、高文研、TEL 03・3295・3415)(崔鐘旭、ジャーナリスト)

[朝鮮新報 2006.9.8]