小泉政権 5年余の総括の核心は何か 意識を偏狭なナショナリズムに転換 |
日本の政治、言論を大きく右旋回させた 田中真紀子氏は、かつて小泉純一郎氏を「変人」と評したことがある。その「変人首相」の誕生に大きく貢献し、その功で外務大臣となり、間もなく外相を辞めさせられるというちょっと変なことがあった。 今、各紙(誌)は小泉政権5年余の政策総括が盛んである。構造改革、行政改革、経済改革、外交、安保政策、そして靖国参拝問題などなどである。
それぞれの問題について、この小論では紹介しきれないほどの専門家たちの総括的論点呈示と指摘がある。要約すれば、5年余の功罪を問題別に評価し、その是非を明らかにしようとするものである。実に教わることの多い問題指摘であった。 たとえば、小泉政権の市場機能重視、新自由主義的政策の推進は、経済を停滞から脱却させたが、貧富の格差を拡大させ、「痛み」を庶民に押しつけ、弱者からの収奪を増し、高齢者の負担を増大させた、などの指摘である。このような重要政策についての問題点指摘には教わることが多い。しかし私には、これらの諸問題の中心というか、核心となるべき問題が、本格的には論じられていないように思われる。 では、小泉政権5年余の総括の核心は何か。それは、戦後歴代の政権が避けてきた、戦前型思潮と軍国主義的思考を政治の本流に持ってきたことであると思っている。つまり、小泉政権5年余の間、日本社会全体が右にその位置を移したということである。 古手のある政治部記者が私に言ったことがある。「首相になる前には憲法改正だ、軍備拡張だのと、国家の根本に関わることを強く主張した人も、いざ首相の座に着くと、トーンダウンさせるか言わなくなるのが普通だ」という。つまり、憲法に依って内閣を組織している以上、憲法上の制約やそのほかの事情によって、言いたい放題が言えなくなる、という。「だが小泉は違う」というのである。 たとえば、中曽根首相は米軍占領時代から強力な憲法改正論者として知られていた。ところが組閣直後の衆院本会議で「憲法改正を政治日程にのせるつもりはない」とトーンダウンさせた。また、8月15日に首相として初めて靖国神社に公式参拝して、中国からA級戦犯合祀を理由に抗議され、翌年3月、衆院予算委で「国際問題も考慮しなければならない」として、以後、例大祭に一度出たきり靖国神社へは行ってない。 1987年、中曽根内閣の藤尾正行文相は「(韓国への)侵略があったとしても、侵略を受けた側にもいろいろ問題がある」(月刊「文藝春秋」10月号)と言って韓国から抗議された。これに関し中曽根首相は、文相に辞任を求め、応じないので文相を罷免したことがある。 小泉内閣の麻生外相は「創氏改名」は朝鮮人側が求めたからだと言って物議をかもしたが、罷免されるどころか、マスコミも大きく問題にしなかった。この問題の本質は日本の朝鮮民族性抹殺政策に関わるものである。ようするに小泉政権下では、憲法改正や軍備拡大、南北朝鮮や中国へのべっ視発言は問題にならないし、マスコミもたいがいは同調するのである。言論界、マスコミの世界で右傾的、軍国主義的発言をする者は以前は傍流であった。それが今では主流となり、中央的位置で堂々と発言しても誰も怪しまなくなっている。 たとえば辛口批評家の佐高信氏に「わかったような、したり頭」と評された櫻井よし子氏である。以前は「ああ、そういう意見もあるか」くらいに見られていたが、今は朝日系などや、NHKなどにも出ている。そのほかの右派系論客たちも同様で、時を得顔である。 「変人」と言われた、小泉首相の5年余は、重要案件に対する、本質のすり替え、わい曲と矮少化、そしてき弁に満ちており、日本の政治、言論界を大きく右傾化させて主流に乗せ、国民の意識を偏狭なナショナリズムに引き込んだのである。 「歴史はくり返す」という言葉がある。語原はマルクスの著作「ブリュメール十八日」という。マルクスはその冒頭で「ヘーゲルはどこかで、すべて世界史的な大事件や大人物は、いわば二度生じるものだ、と述べている。だが彼は、一度は悲劇として、二度目は茶番として、とつけくわえるのをわすれた」と書いた。戦前、日本の軍国主義は、朝鮮をはじめアジア諸民族に多大な侵略の悲劇を押しつけた。しかも他民族への侵略は日本民族にとっても大きな悲劇をもたらせた。 ポスト小泉の本命中の本命、安倍晋三氏は、総裁、総理になったら「改憲を政治日程にのせる」と明言した。これは戦後日本の国内政治、国際政治の出発点への否定であり、いわば宣戦布告である。しかし、今の右傾的潮流に同調を示す多くの日本人を見るにつけ、マルクスのいう「二度目は茶番」ということになるだろうか、と正直、懸念もある。 だが、日本における戦後民主主義の定着という面からも、悪しき歴史はくり返させてはなるまいと思うものである。(琴秉洞、朝・日近代史研究者) [朝鮮新報 2006.9.13] |