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〈本の紹介〉 日本人の朝鮮観 その光と影

偏見を省み公平な理解への指針

 「韓流」ブームで俳優に熱狂したり、朝鮮料理が美と健康にいいとスーパーやコンビニに食品が常備されるようになったり、と少し日本人の朝鮮観が変化したか、と思われたが、政治社会面ではかえって戦中の言説とほとんど同じ論調が堂々とまかり通る事態にまで陥っている。約百年前、侵略戦争にひた走っていったとき、朝鮮支配の錯誤が根本的問題だったことを考えれば、きわめて危うい状況である。

 本書は代表的な日本人の朝鮮観を歴史的にさかのぼり幅広く集め、今まさに読んで考えるべき多くの教示と示唆に富んでいる。副題に「その光と影」とあるが、影の方が厖大で濃く、光は闇夜の星くらいなのは歴史的事実だろう。よくここまで調べ読まれたと感嘆する。

 全59人の資料と著作を網羅された博識の著者に対し、私は浅学で、知らない儒者や明治の人などが登場するので、書評というより今後の思考と自省の入口での感想として述べたい。

 第一に取り上げられているのが、「神功皇后伝説」で、これが日本人の古代からの朝鮮蔑視、侵略思想の原型で、近代、戦前戦中も教科書に入っていたそうだ。私は1954年生まれで、さすがにこの伝説は教えられず、朝鮮軽視は近代化による欧米優位の反作用と考えていたので、近代前から続いてきた根深さには唖然とした。

 また、井上馨、伊藤博文など、権力中枢の者が公然と侵略思想を言い実行したのはもちろん問題だが、板垣退助や大井憲太郎など自由民権運動家の征韓論とのかかわり、連帯論から侵略論への変質はいっそう深く考えなければならないだろう。

 知識人もどうにか朝鮮独立を支持したのは木下尚江や吉野作造など少数で、福沢諭吉はいうまでもなく、大隈重信、新渡戸稲造などは植民地支配に肯定的で、あらためてその思想の限界を感じる。現在も東アジア共同体論があるが、絶えず実態と中味を吟味することが求められるだろう。

 59人いずれも重要な人物と考え方が批評対象になり、とくにその朝鮮観が端的に表れているところが収められているが、さらに各人物の総体的な思想のなかで朝鮮観がどのように作用しているのか、当時の歴史や社会とのかかわりもふくめ日本人による詳細な調査分析が社会思想の今後の展開にとって必須の課題である。

 わずかに光を放つ人物には蔑視を乗り越える手がかりが得られる。

 浅川巧が朝鮮民芸の美を発見したことには、文化には優劣はなく、それぞれ固有の輝きを持っていること。また、石橋湛山には関東大震災時の流言蜚語と虐殺にたいして「此の経験を科学化せよ」と提起した冷静な洞察力を。永井荷風や芥川龍之介には同じ対等な人間として民族的迫害を批判する自律した知性を。江渡狄嶺や布施辰治には反権力と親愛的実践を。しかし、光に至るのは容易なことではない。現在の朝鮮を見る日本人の目にも抜きがたい偏見があり、自らの視線を省みることの重要性を本書は教えてくれるのである。(琴秉洞著、明石書店)(佐川亜紀 詩人)

[朝鮮新報 2006.11.11]