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〈本の紹介〉 拉致問題で歪む日本の民主主義 石を投げるなら私に投げよ

飛礫厭わぬ信念に深い感銘

 私がこの本に触れたのは今夏、東京で行われた緊急シンポジウム「東北アジアの平和と日朝国交正常化」の会合である。会合は7月5日の朝鮮のミサイル発射報道以降緊張の度合いが高まりつつある最中、日本の良識ある人々がいかにして政府に対して現状を打開する世論形成をはかるかという趣旨で催された有意義な集まりであった。

 会合が始まる短い時間に愛知でたびたびお目にかかっている吉田康彦先生とあいさつをしたあと、東大名誉教授の和田春樹先生やジャーナリストの斉藤貴男さんと名刺交換をして入口の販売所でこの本に初めて触れたのだが、最初手がふるえた。

 サブタイトルの「石を投げるなら私に投げよ」の言葉がすっと目に入り、日本人がこのように言えることに対し、まずズシンと来た。

 ちょうど4年前2002年9月17日以降「拉致問題」旋風が巻き起こった以降一夜にして「被害者」が「加害者」に転落したかのように扱われ、在日朝鮮人社会では激震が起き一部には信念が揺らぐ人も出て混乱が起きたことも事実だ。

 またそれ以上にショックだったことは、連日連夜のマスコミの圧倒的な「拉致キャンペーン」の中で弱い朝鮮学校生徒がいじめられ、今まで朝鮮問題に理解があると思った人が突然変わったり、どっちもつかない人は完全に「朝鮮総連嫌い」になったり、地方議会で「北朝鮮に対する制裁は当然」の風潮が高まることが日常茶飯事になったことである。

 そのような社会情勢の中、著書が「在日朝鮮、韓国人の人たちが求めているのは、いざとなったら、攻撃を仕掛けてくる者と在日の人たちの間に割って入り、盾となって在日の人々に危機が及ぶのを防ぐ人々の出現ではないのか」と書いているのを読み「これだ!」と思った。

 この書は「拉致問題」における日本社会全体の異様な状況に疑問を感じた著者が、命を懸けて季刊「社会評論」誌上(2004年1月1日から2006年1月1日)に連載したもの。非常にリアルでドラマチックに書かれており、読んでいると吸い込まれる感じがする。

 著者の立場は終始一貫しており、本書にはこう記されている。

 「私の場合は、拉致問題についての直接の当事者ではなく、同問題解決を担当する役職にあるわけでもない。…誰にでも公開されている情報、各種メディアが伝える情報を組み合わせることで、拉致問題の多様性、多面性を明らかにし、同問題を特定の政治的意図に向けて悪用する一部勢力の言動の危険性を指摘し続けてきた。…賛同する声は、小さいながらも存在し、連載の継続とともにわずかずつ増大している感触が得られた。それが…連載を続け…単行本にまとめ、改めて社会に問うこととなった。一方では厳しい飛礫の襲来もあるものと覚悟しながら、やりかけたからには、主催者の一人としての責任をあくまで貫徹し、今の日本社会では一人でもこれだけできるということを証明したいと考えている。本書が拉致問題をめぐる日本世論の多様化とメデイアの立ち直りに、幾分かの役立つことを願ってやまない」

 私は著者が社会科教育者の立場から、偏狭な「日本人意識」から抜け出すためにも歴史と現実を踏まえた言論の立ち直りを願いこの状況に一人でも立ち向かうという姿勢に、在日同胞の一人として何が自分にできるのだろうか? と問うてみた結果、まずはこの本をたくさんの人に読んでもらうべきだと考え、20冊自費で購入し、たくさんの人に勧めている。

 今日本の総理大臣は「拉致問題で名を挙げた」安倍晋三氏になったが、著者の勇気に喝采を送り、熱いメッセージに私たちも呼応し、在日の生活圏を守り抜くべきだと思う。

 日本列島に200万人もいる在日外国人との多文化共生、多民族共生の動きがある中で朝鮮人だけを疎外しようとする差別、「平壌宣言4周年」を迎えたこの時期「在日朝鮮人の地位の問題について誠実に協議する」とうたいながら何一つ実現せず、民族教育や年金問題に対する差別になんら改善の兆しも見せない日本の現状について、多くの人々に知ってもらいたい。

 今、日本政府は、朝鮮のミサイル発射訓練や核実験を口実に「年間100本以上採択され決議に従わなくてもお咎めがない」国連の安保理決議に躍起になり「日本外交の勝利」と喚き散らし、経済制裁を実施するのに躍起になっている。本書を通じてその動きに力強く異を唱え、平和を志向する人たちがいるということを知り、大きな励ましとなった。

 朝・日国交正常化の道のりは非常に厳しいものがあるが、何よりも重要なことはお互いが直接の交流を通して、相互理解、信頼、尊敬しあえる関係を築くことが大切だということはたくさんの日本の友人は言っている。しかし、現実は正反対のことが行われスポーツ(水泳)、仏教(遺骨など)、文化の分野まで政治が絡み、ますます難しい状況が前に立ちはだかっている。この状況を打開することが可能だと示しているところに本書の価値があると思える。(星雲社、TEL 03・3947・1021)(文光喜、在日本朝鮮人教育会愛知県教育会会長)

[朝鮮新報 2006.11.11]