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〈本の紹介〉 「秋田杉を運んだ人たち」

みちのくの知恵に光

 つねに虐げられる人間の側からものを見てきた著者による「みちのく 民の語り」シリーズの第3巻が本書である。

 日本社会全体が過去の罪状を闇から闇へと葬り去ろうとしている間に、ひとつひとつ、強制連行の現場を歩き、丹念に史料を見つけ、証言者を発掘して聞き書きしてきた野添さん。その40年の歳月はまさに「日本の闇」を見据え続けた年月だったのだ。加害の記憶を消し去り、被害者の記憶さえ抹殺しようとする政治的暴力の時代。忘却にかまける現代に抗し、棹さす野添氏の志とみなぎるパワーは、東北のどっしりした風土に根ざす。その著者による「みちのくの民」の遺産に再び光をあてようとする試みによって生まれたのがこのシリーズである。

 過酷なみちのくの自然はその懐に、豊かな自然の宝庫を持っていた。山にはブナや天然秋田杉が生い茂り、熊やカモシカの住む楽園だった。清流には、魚群の鱗がきらめき、地下には鉱脈を内臓していた。海に生きた人は遠く大陸までも往復し、天然の木材を倒しては器をつくる木地師が活躍し、山岳や谷川の鳥獣を追ってマタギは暮らしを立て、独自の文化を育ててきた。

 いまみちのくの現状はどうだろうか。毎日のニュースで、人里に現われる熊の出没が取り上げられている。熊が冬眠前に餌を探して、山を下りて来ざるをえなくなった現状そのものが、豊かだったみちのくの生態系の無残な崩壊を端的に示しているといえよう。

 敗戦後の高度経済成長はみちのくの後継者たちを中央に奪い、60年たった今、東北は日本で一番の高齢化社会になり、活気にあふれていた集落は次々と姿を消し、手入れしない山林は荒れ、畑や田んぼは草地化、雑木林化してきた。みちのくの力や心を脈々と伝えていく人々の姿は今、歴史の谷間に消えようとしている。

 本書はつねに死とケガとの危険の中天然秋田杉を伐り倒し、出荷していった肉体労働者たちへの挽歌でもある。彼らが長年の知恵と工夫によって築きあげた東北林業の文化、労働の珠玉の記録でもある。(野添憲治著、社会論評社、TEL 03・3814・3861)(粉)

[朝鮮新報 2006.11.21]